明暦野田本「大社」
18-889 大社
{次第}《誓ひあまたの神祭。〃。出雲の国を尋ねん》
{ワキ詞}〽︎抑,是は当今に仕へ奉る臣下なり。偖も出雲国に於て。今月は神有月とて諸神影向なり。御神事様〃の由承及候ほどに。此度参詣仕候。
{道行}《あさ立や。旅の衣の,はる〃と。〃。行方しぐる〃雲霧の。山また山を,こえ過て。神有月も名にしおふ。出雲国に着きにけり。〃》
{一セイ二人}〽︎《八雲立。いづも八重垣つまこめし。宮路にはこぶ。あゆみかな》
{ツレ}〽︎《尾上の松の梢迄。》
{二人}《神風さそふ声ならん》
{シテサシ}《実や濁世の人間と。生れ来ぬれど,ちかひある。》
{二人}《神に,つかふる身にしあれば。もれぬめぐみにか〃りけむ。心のま〃の春秋を。送り,むかへて。年月の尽せぬ代〃を,たのむなり》
{下歌}《いざや歩みを運ばん。〃。》
{上歌}《いづくにか神のやどらぬ,かげならん。〃。嶺も尾上も松杉も。山河海村野田残る,かたなく神のます。御影を受け。隔てなき。宮人おほき往来かな〃。》
{ワキ詞}〽︎我出雲国大社に参り。社内の案内を候ふ処に。宮人数多来れり。如何に,かた〃に申べき事の侯。
{シテ詞}〽︎《是は此辺にては見馴申さぬ御事なり。いづくよりの御参詣にて候ぞ。
{ワキ}〽︎さむ候是は朝に隙なき身なれども。当国に於て今月は神有月とて。諸神残らず影向の地と承て候へば。此度君に御暇を申。はる〃参詣申たり
{ツレカ〃ル}〽︎《げにありがたや神と君との。隔なき世のしるしとて》
{シテ}〽︎《歩みを,はこぶ此神の》
{ワキ}〽︎《恵み普き
{シテ}〽︎《月影も》
{上哥同}《神の世を。思ひ出雲の宮柱〃。ふとしき,たちて敷嶋の。大和しまねまで。動かぬ国ぞ久しき。実や。紅も。ふかくなりゆく梢より。時雨て渡る深山辺の。里も冬たつ気色かな〃》
{ワキ詞}〽︎不知案内の事にて候へば。当社の神秘委く御物語候へ。
{シテ}〽︎懇に語て聞せ申べし
{クリ地}《抑出雲国大社は。三十八社を。勧請の地なり》
{サシ}〽︎《然るに五人の王子おはします。第一は,あしかの大明神と,あらはれ給ふ。山王権現,是也。第二には,湊の大明神。九州,むなかたの明神と,あらはれ給ふ。第三は,いなさの。はや国の神。常陸鹿嶋の。明神とかや。》
{クセ}《第四には,とやの大明神。信濃の諏訪の明神と。則現じおはします。第五には出雲路の大明神。伊予の三嶋の明神と。あたはれ給御誓ひ。実曇なき長月や。つきのみそかに取わきて》《住吉一所は影向なる。
{詞}《残りの神〃は。十月一日の寅の時に悉影向なり。様〃色〃の神あそび。今も絶せぬ此宮居。語るも中〃愚なる誓ひ成べし。》
{上ロンギ地}げに有難き物語。〃。末世ながらも隔なき。神の威徳ぞあらたなる》
{上二人}〽︎《中〃なれや年〃に。けふの,こよひの神あそび》
{上地}〽︎《其役〃も》
{二人}〽︎《数〃に》
{上同}《あらぶる神達の舞哥の袖。ひくや,みらめの,なはたれと。しらゆふかくる玉垣に。立ちよると見えつるが。神の告ぞと言ひ捨て〃。社壇に入りにけり。社の内に入りにけり。
{上地}時雨る〃空は雲晴て。月も輝く玉の御殿に。光りを,そふる気色かな》
{女上}〽︎《我は是。出雲の,みさきに迹を,たれ。仏法王法を守りの神。本地十羅刹女の化現なり》
{上同}《容顔美麗の女体の神。容顔美麗の女体の神。光りも輝く玉の笄。かざしも匂ふ。袂を返す。夜遊の舞楽は。おもしろや。》
{上同}《げに類りなき舞の袖。〃。なびくや雲の絶間より諸神は残らず,あらはれ給ひ。舞楽を奏し神前に飛行しはやとく姿を,あらはし給へと。ゆふべの月も。雲晴て。光りもあけの、玉垣か〃やき。神体あらはれ。おはします》
{上ロンギ}実や尊き御相好。〃。まのあたりなる神徳を。うくるも君の恵哉》
{シテ上}〽︎《迚夜遊の神祭。くはしくいざや,あらはし。かの,まれ人を慰めむ》
{上地}〽︎《さて神楽の役〃は》
{シテ}〽︎すみよしかしま》
{上地}《諏訪熱田。其外三千世界の諸神は爰に影向なり。取〃の小忌の袖。返す〃も面白や》
{上同}《舞楽も今は時過て。〃。更行空も。時雨る〃雲の。沖よりはやく吹立波は。海竜王の出現かや》
{竜神}〽︎《抑是は。海竜王とは,わが事なり。《偖も毎年竜宮より。こがねの箱に小竜を,いれ。神前に捧申也
{上同}《龍神則あらはれて。〃》
{龍}〽︎《浪をはらひ潮を退け》
{上地}〽︎汀に,あがり御箱をすへをき。神前を拝し。渇仰せり。》
{龍上}〽︎《其時竜神御箱の,ふたを。〃。忽ひらき。小竜を取出し則神前に捧申。海陸共に。治る御代の。実あり難き。めぐみかな》
{龍下}〽︎《四海安全に国治り》
{下同}《〃つて。五穀成就。福寿円満にいよ〃君を守るべしと。ゆふしての数〃神〃取〃に,みさきを,はらひ。神あげのみ,やまに,あがらせ給へば。竜神平地に黒風を,おこし。さかまく,うしほに,ひかれ行ば。諸神は虚空に変満しつ〃。実あらたなる。神は社内。げにあらたなる神は社内。龍神は海中に入にけり。》