元和卯月本「百万」

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1-05 百万


{次第}《竹馬にいざや法の道。〃真の友を尋む。》
{ワキ詞}〽是は和州三吉野の者にて候。是にわたり候おさなき人は。南都西大寺のあたりにてひろひ申て候。此ころは嵯峨の大念佛にて候程に。此おさなき人をつれ申。念仏に参らばやと存候
{シテ女詞}〽あらわるの念佛の拍子や候。わらはをんどをとり候べし
{上}《南無阿弥陀佛
{地}〽南無阿弥陀仏
{下女}〽南無阿弥陀佛
{上地}〽南無阿弥陀佛
{女}〽みだ頼む
{地}〽人はあまよの月なれや。雲はれねども西へゆく
{下女}〽阿弥陀仏やなまふだと。
{上地}〽誰かは頼まざる誰かたのまざるべき
{上女}〽是かや春の物狂
{地}〽みだれ心か恋種の
{女}〽ちから車になヽ車
{地}〽つむともつきじ。
{女}〽おもく共ひけやえいさらえいさと
{地}〽いちどに頼む弥陀のちから頼めやたのめ南無阿弥陀佛
{上歌 同}実や世々ごとのをやこの道にまとはりて。〃。猶このやみを晴やらぬ
{女下}〽朧月のうす曇
{地}〽纔かにすめるよに猶三界のくびかせかや。うしの車のとことはにいづくをさしてひかるらむえいさらえいさ
{女下}〽ひけや〃此車
{地}〽物見なり〃
{下女}〽げに百萬がすがたは
{地}〽本よりながき黒かみを
{女}〽荊棘のごとく乱して
{地}〽ふりたるゑぼしひきかづき
{下女}〽又眉ねくろき乱墨
{地}〽うつし心か村烏
{女}〽うかれと人は。そひもせで
{地}〽思はぬ人を尋ぬれば
{下女}〽親子のちぎりあさごろも
{地}〽かたをむすむですそにさげ
{下女}〽すそをむすびて肩にかけ
{地}むしろきれ
{女}〽すが菰の
{同下}みだれ心ながら南無釈迦弥陀佛と。信心をいたすも我子にあはん為なり
{下女}〽南無や大聖釈迦如来。わが子にあはせ狂気をもとヽめ。安穏に守らせ給ひ候へ》
{子詞}〽如何に申べき事の候
{ワキ詞}〽何事にて候ぞ
{子}〽是なる物狂をよく〃見候へば。故郷の母にて御いり候。
{下}《をふそれながら余所の様にて。とふて給り候へ》
{ワキ}〽是は思もよらぬ事を承候物かな。やがてとふてまいらせうずるにて候。いかに是成狂女。おことの国里はいづくの者ぞ
{女詞}〽是は奈良の都に百万と申者にて候
{ワキ}〽それは何故狂人とは成たるぞ
{女}〽妻には死てわかれ。唯獨有忘れ形見のみどり子にいきて離て候程に。思ひが乱れて候
{ワキ}〽扨今も子といふ者のあらばうれしかるべきか
{女}〽おほせ迄もなしそれ故にこそみだれがみの。遠近人に面をさらすも。若も我子にめぐりやあふと。
{カヽル}《車にのりの聲立て。念佛申身をくだき。我子にあはんといのるなり
{ワキカヽル}〽実いたはしき御事かな。誠信心わたくしなくは。かほど群集の其中になどかはめぐり逢ざらん》
{女詞}〽うれしき人の言葉かな。それに付ても身をくだき。法楽の舞をまふべきなり。はやしてたべや人々よ。
{下}《かたじけなくもこの御佛も。羅〓為長子ととき給へば
{同}我子にあふむの袖なれやをやこあふむの袖なれや百萬が舞を見給へ
{女}〽もヽや萬のまひのそで
{地}〽我子の行ゑ。いのるなり
{女クリ}〽実やおもむみれば。何くとてもすめばやと
{同}すまぬ時には故郷もなし。此世はそも何くのほどぞや
{サシ女}〽牛羊けいがいにかへり。鳥雀えだの深きにあつまる。
{同}実世中はあだ浪の。よるべはいづく雲水の。身のはていかにならの葉の木ずゑの露のふるさとに
{女上}〽うき年月ををくりしに
{同}さしも二世と懸しなかの。契りのすゑははなかづら。結びもとめぬあだ夢のながきわかれと成果て
{下女}〽比目の枕しきなみの。
{同}あはれはかなき。契りかな
{クセ}ならさかのこのてかしはのふた面。兎にもかくにも侫人の。なき跡の涙こす袖のしがらみ隙なきに。思ひかさなる年なみのながるヽ月の影おしき。西の大寺の柳かげみどり子の行ゑしらつゆの。おきわかれていづちともしらずうせにけり。ひとかたならぬ思ひくさ葉すゑの露もあをによし。奈良の都を立出て。かへり三笠山。さほの河をうちわたりて。山城に井手の里玉水は名のみして。影うつす面影あさましき姿なりけり。かくて月日を送る身のひつじのあゆみひまのこま。あしにまかせてゆく程にみやこの西ときこえつる嵯峨野の寺にまいりつヽ四方のけしきを詠れば
{上女}〽花のうき木のかめやまや
{同}〽雲にながるヽ大井河。誠に浮世のさがなれや。さかり過行山桜嵐のかぜ松の尾をぐらの里の夕霞。たちこそつヽけ小忌の袖。かざしぞ多き花衣。貴賎群集する此寺の法ぞたつとき。かれよりも是よりも唯此寺ぞ有がたき。かたじけなくもかヽる身に。申は恐れなれ共。二佛の中間我等ごときのまよひある。道明らめむあるじとて。毘首羯磨が作りし赤栴檀の。尊容やがて神力をげむじて。天竺震旦我朝三国にわたり。有難くもこの寺に現じ給へり
{上}〽安居の御法と申も。
{同}御母摩耶夫人の孝養の御為なれば。仏も御母をかなしび給ふみちぞかし。いはんや人間の身としてなどかは母をかなしまぬと。子を恨み身をかこち。かむたむしてぞいのりける親子あふむのそでなれや百萬が舞を見給へ
{地}あら我子。恋しや  
{下シテ}〽是ほど多き人の中に。などや我子の無きやらんあら。わが子恋しや我子たべなふ南無釈迦牟尼佛と
{同}狂人ながらも子にもや逢と信心はなきを南無阿弥陀仏。南無釈迦牟尼佛南無阿弥陀佛と。こヽろならずも逆縁ながらちかひにあはせてたび給へ
{ワキカヽル}〽あまりにみるも痛しや。是こそおことの尋ぬる子よ。よくよくよりて見給へとよ
{シテ}〽こヽろつよやとくにも名乗給ふならば。かやうにはぢをばさらさじ物を。あらうらめしとは思へ共。たま〃あふは優曇華の。花まちえたり夢かうつヽかまぼろしか
{下キリ地}能〃物を案ずるに〃彼御本尊はもとよりも衆生のための父なれば。母もろともにめぐりあふ。法のちからぞ有難き。ねがひもみつの車路を。都にかへる嬉しさよ〃》