元和卯月本「東岸居士」

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4-19 東岸居士


{ワキ詞}〽是は遠国より出たる者にて候。我此ほどは都に上り。かなたこなたを一見仕て候。また今日は清水寺へまいらばやと存候、
{シテ一セイ}〽《松をさへ。みな桜木にちりなして。花に声ある。嵐かな》、
{ワキ詞}〽是は承及たる東岸居士にてわたり候か。扨今日はいかやうなる聴聞の御座候ぞ、
{シテ詞}〽ことあたらしき問事哉。聴問といつぱ。萬事は皆目前の境界なれば。
{カヽル}《柳はみどり花は紅ゐ。あら面白の春のけしきやな》、
{ワキ詞}〽荒面白の答や候。扨此橋は如何なる人のかけ給ひたるはしにて候ぞ、
{シテ}〽是は先師自然居士の。法界無縁の功力をもつて。わたし給ひし橋なれば。いま又か様にすゝむる也、
{ワキカヽル}〽《扨〃東岸西岸居士の。》
{詞}郷里はいづく如何成人の。
{カヽル}《父母を離れし御出家ぞや》、
{シテ詞}〽六かしの事を問給ふや。本来きたる所もなければ。出家といふべき謂もなし。出家にあらねばかみをもそらず。衣を墨に染もせで。唯をのづから道に入て、
{ワキカヽル}〽《善を見ても、
{シテ}〽進まず、
{ワキ}〽智を捨ても、
{シテ}〽愚ならず、
{ワキ}〽折にふれ、
{シテ}〽ことにわたりて白河に、
{ワキ}〽かゝれる橋は、
{シテ}〽にし、
{ワキ}〽東の、
{上同}東岸西岸の柳の。かみはながく乱るゝ共。南枝北枝の梅の華。開る法のひとすぢに。わたらむ為の橋なれば。進めに入つゝ彼岸にいたり給へや》、
{ワキ詞}〽如何に申候。又いつものごとく謡ふて御聞せ候へ、
{シテ詞}〽実〃是も狂言綺語をもつて。讃仏転法輪の真のみちにも入なれば。人の心の花の曲。
{カヽル}《いざやうたはむ是とても、
{上歌同}御法の舟のみなれざほ。〃。みな彼岸に至らむ、
{シテ上}〽面白や。是もこてふの夢のうち、
{地}〽あそびたはぶれ。まふとかや、
{シテ}〽鈔に又まうさく。あらゆる所の仏法のをもむき。
{同}箇々縁生の道すぐにいまに絶せぬ跡とかや、
{シテサシ}〽但正像既にくれて。末法に生を受たり。
{同下}かるがゆへに春過秋来れ共。進み難きは出離の道、
{上シテ}〽花をおしみ月をみても。をこりやすきは妄念也。
{上同}罪障の山にはいつとなく。煩悩の雲あつうして仏日の光り晴難く、
{上シテ}〽生死の海にはとこしなへに。
{同}無明のなみあらくして。真女の月宿らず
{クセ}生をうくるに任せて。苦にくるしみをうけかさね。死に帰るに随つて。くらきよりくらきに赴く。六道のちまたには。迷はぬ所もなく。生死の扉にはやどらぬ栖もなし。生死の転変をば。夢とやいはむ。又うつゝとやせむこれらありと。いはむとすれば。
{上}雲とのぼりけぶりと消て後、其跡をとゞむべくもなし。なしといはむとすれば又恩愛のなか。心とゞまつて腸をたち魂をうごかさずといふ事なし彼芝蘭の契りの袂には。かばねをば愁嘆の焔にこがせども紅蓮大。紅蓮の氷をば終にとかす事なし。鴛鴦のふすまのしたに眼をば。慈悲の涙にうるほせども焦熱大。焦熱の焔をば。つゐにしめす事なし。かゝるつたなき身をもちて、
{上シテ}〽殺生偸盗邪婬は、
{同}身にをひてつくるつみなり。妄語綺語。悪口両舌はくちにてつくるつみなり。貪欲しむゐ愚癡は又こゝろにをひて絶せず御法の舟のみなれ棹みなかの岸に至覧》、
{ワキ詞}〽とてもの事に羯鼓をうつて御みせ候へ、
{シテ詞}〽おもしろや松ふく風さつ〃として。浪の聲ばう〃たり、
{ワキカヽル}〽《所は名におふらくやうの。詠もちかき白河の》、
{シテ詞}〽浪の鼓やかぜのさゝら、
{ワキカヽル}〽《うちつれ行やはしのうへ、
{シテ}〽男女の往来、
{ワキ}〽貴賎上下の、
{上シテ}〽袖をつらねて玉きぬの。さい〃しづみうき浪の。さゝらやつはちうちつれて。百千鳥、
{上シテ}〽もゝちどり。囀る春は。ものごとに、
{地}〽あらたまれども。我ぞふりゆく
{下シテ}〽行はしら河、
{下地}〽ゆくは白川の。橋を隔てむかひは、
{シテ}〽東岸、
{地}〽こなたは、
{シテ}〽西岸、
{地}〽さゞ波は、
{シテ}〽さゝら、
{地}〽うつ浪は、
{シテ}〽つゞみ、
{同}いづれも〃極楽のかぶの菩薩の御法とは聞はしらずや旅人よたび人よ、あらおもしろや、
{シテ}〽あふ南無三寶、
{上同}実太鼓もかつこも笛ひちりき。絃管ともに。極楽のおぼさつのあそびと聞物を、
{下シテ}〽何とたゞ、
{同}何と唯雪や氷と隔つらむ。万法皆一女なる実相のかどにいらふよ、〃》