元和卯月本「小袖曽我」
4-02 小袖曽我
{次第}《命おしかの隠里、〃、富士のすそのをからふよ》
{シテ詞}〽是は曽我十郎祐成にて候。扨も頼朝ふじの御狩に御出候間。我らも罷出候。又是成時宗は。母にて候者の勘当にて候程に。申なをしつれてみかりに罷出ばやと存候、
{サシ}《時しも頃は建久四年。さ月半の富士の雪。五月雨雲にふりまぜて。かのこまだらやむらやまの。すそのの鹿の星月夜。鎌倉殿の御狩の御遊。実たぐひなき御事かな、
{シテ上}〽東八ケ国のつはもの共。皆御供にまいるなれば。
{下同}定めて敵の祐経も。御供申さぬ事あらじ。たとひうつまでの。ことは夏野の鹿なり共。ねらひて見ばやとますらおの。狩人にまぎれうちいづる、人しれぬ大内山の山もりも、
{上歌}木隱てそれとは見えじ梓弓。〃。やごろにならば鹿よりも。祐経をいとゞめて名を富士の根にあげばやと。思ひ立ぬるかりごろもたとへば君の御とがめ。よしそれとても数ならぬ。身には中〃恐れなし、〃》
{シテ詞}〽是に暫御待候へ。それがし参りて案内を申さうずるにて候。如何に案内申候、〽誰にて御座候ぞ。や、祐成の御まいりにて候、
{シテ}〽さむ候、某がまいりたる由申候へ、〽畏て候。大かた殿よりの御諚には。祐成の御参りならば申せ。時宗の御まいりならばな申そと、おほせ出されて候、
{シテ}〽唯某が参りたると申候へ、〽如何に申上候。祐成の御まいりにて候、
{母詞}〽此方へと申候へ。荒めづらしや十郎殿。いづくへの次でぞや。母が為にわざとはよも、
{シテ}〽さむ候、ひさしくまいらず候程に向顔のため。又は富士のみかりと申候程に、
{母カヽル}〽《さればこそ思ひし事よ君がため。御狩に出る次でぞや、
{シテ上}〽いつしか親子の御たはぶれ。珍らしかほにうらましやと、
{トキ上}〽思ひながらも時宗は。ふげうの身なれば物の隙より、
{同}たかまの山の嶺の雲よそにのみ見てやゝみなん。おなじ子に同じ母そのもりめのと。〃。へだてなくこそそだてしに。さもひきかへて祐成には色〃のおもてなし御いはゐごとのおさかづき。たとへば時宗は。後に生れしばかりなり。まさしくおなじ子の身にて。御覚えあしがきの隔あるこそかなしけれ》
{シテ詞}〽日本一の御機嫌にて候。あれへ御まいりあつて。かすがの局をして御申候へ、
{トキ詞}〽某が事は御きげむいかゞはかりがたく候間。まづ〃参り候まじ、
{シテ}〽唯某に御任せあつて急ひで御まいり候へ、
{トキ}〽いかに春日の局の御入候か。時宗がまいりたる由それ〃御申候へ。
{カゝル}《いつしかもり乳母まで。心替りし春日野の。とぶ火の野もり。出てだに見候はぬぞや。》
{詞}時宗が参りたるよしそれ〃御申候へ、
{母詞}〽荒ふしぎや。祐成は唯今来りぬ。くがみの前司は寺に有。それならで子はなきに時宗といふはたそ。や。今思出したり。箱根の寺に有し箱王といひしえせ者か。それならば母が出家になれと申しをきかざりし程に勘当せしに。をして是迄来るは。なを重ての勘当とや。伊豆箱根富士権現も御覧ぜよ。なをこの後もかむだうと、
{トキ上}〽《御ちかごとにしとみやり戸を、
{上同}たてそへられてばうせむと。やるかたもなきこのみかなうたてやせめて今一目。御簾几帳もおりたり荒。情なの御事や、
{上シテ}〽祐成はかく共しらで時宗が。ときうつりたりことよきかと中門を見やりつゝ早此方へとまねけば。招かれて山のかせき。泣々来りたり。うたれてもおやのつえ。馴かしければさりやらず、〃》
{シテ詞}〽扨御機嫌は何と御座候ぞ、
{トキ}〽以外の御機嫌にて。猶かさねての御勘当とおほせいだされて候、
{母詞}〽如何に誰かある、〽御前に候、
{母}〽時宗が事を申さば。祐成共に勘当と申候へ、〽畏て候。如何に申候。時宗の御事を御申あらば。祐成共に御勘当とおほせ出されて候、
{スケ詞}〽先かしこまつたると申候へ。それがし存る子細の候間。このたびは同心にて申さうずるにて候、
{トキ}〽いや〃某はまいり候まじ、
{シテ}〽唯御参り候へ。如何に申候。我らがおやのかたきの事。世に隠れなく候處に。餘りに便なく候間。時むねが事を申なをし。つれてみかりに出べき處に。時宗が事を申さば。祐成共に御勘当と候や。よく〃是を案じ見るに、
{クリ}《惣じて祐成をもまことは思ひ給はぬぞや。
{同}たとひ時宗出家のいとまを申とも。あに祐成に郎等もなし。しかも身に思ひあり。をのれらさへに見捨るかと。却て御しかり候ひてこそ。慈悲の母共申べけれ、
{サシ}〽それに時宗を法師にならぬとの御勘当。たとひおほせに随ひ。出家仕り候とも。
{同}我らが事は世にかくれなし。あれ見よかはづが子共こそ。敵をのがれむとの出家。まさしく愚法のためならずと。同宿も思ひいやしまば。心もそまぬ墨衣のうら嶋がこのはこね寺にて。あけ暮くやしと思ふならば。中〃ぞくにはをとるべし、
{クセ}時宗は箱根に有ししるしに。法華経一部よみおぼえ。常はとくじゆし母上の。現世安穏後生善所と祈念する。又は毎日に六萬遍の念佛父河津殿に廻向する。か程に他念なき身を此三とせふげう蒙る。恩顔を拝せねば御恋しさもひとつ又は。かりばへの門出。御暇乞しさひとかたならぬ望みなり。大かた。治まる御代なれ共。狩場や漁捕に。不慮のあらそひ有物を、
{上スケ}〽其うへわれらは。狩場にをひて例あしし。
{同}昔を思ひいづのおくの。赤澤山のかりくらにて。父もうせさせ給はずや今とても。狩場とあらばなどしも。御心にもかけざると。うらみ顔にも兄弟は。啼々たつて出ければ、
{母}〽母はこゑをあげ。あれとめ給へ人々よ、
{同}不孝をも勘当をもゆるすぞ、〃、時宗とてなく〃出だせ給へば、
{下二人}〽兄弟はうれしなきにふしまろべばや。
{同}見る人も思ひやりて啼居たりや》
{母詞}〽祐成申によつて。時宗がかむだうゆるすにてあるぞ。ちかふ来りて狩場への門出祝て御いり候へ、
{スケ}〽いかに時宗。ちかふ参りて此年月の御物がたり申候へ、さるにても
{上同}〽《此ほど時宗が。盡すこゝろに引替て。いまはいつしか思ひ子の母のなさけ有難や。あまりのうれしさに祐成御酌に立てとり〃時宗と共に祝言の。
{下地}うたふ声、
{上シテ}〽たかき名を。雲ゐにあげて富士の根の、
{地}〽雪をめぐらす。舞のかざし、
{上地}〽まひのかざしの其隙に。〃。兄弟めを引是や限の親子の契りとおもへば涙も盡せぬ名残。をしかのかりばに遅参やあらんと。暇申て。帰る山の富士野のみかりのおりをえて。年来のかたき。本望を遂むと。互に思ふ。瞋恚の焔。むねの煙を富士おろしに。晴して月を。清見が関に。つゐには其名をとめなば兄弟親かう〃の。例にならむうれしさよ》