五百番本「餓鬼」

03-4餓鬼

{次第}《悟れば近き法の道。〃、まよへば遠き闇路哉》、
{ワキ詞}〽是は北国方に住沙門にて候。我古へ悪友にまじはり。山賊夜盗の身成しが。友とする者うち討れ。不思儀に我世にのこり。尊き知識にまみえ先悔を悲しみ鬠切。能登の総持寺に十三年取籠り。生死の一大事を観じ候。又秋来りうら盆会の時来れば。越中の立山に登り。悪友の十三回を弔ひ申さんと。此程爰に来りて候、
{上サシ}《実や無常を観ずれば。夢幻泡影の世成事を忘れ。一身を立ん其ために。悪業をなしける墓（？）さよ》。
{詞}是に流れの候水せがきし。亡友を弔はふずるにて候、
{下}《若人歌に知。三世一切仏。応観法界性。一切唯心造》、
{シテ}〽喃々御僧。只今の破地獄の小施餓鬼を。救はん為には。など大施餓鬼をばなし給はぬ、
{ワキ詞}〽不思議や四方の谷峯に諸々の地獄の烟立上り。人住べくも見えざるに。人声するは何者ぞ
{シテ詞}〽実御見忘れは断也。是は古へ御身の友成し悪友成が。作りし罪の報ひの因果。畜生修羅に落こちの。立木を求て今は又。餓鬼の苦患を受るなり、
{ワキ詞}〽扨は左様に有けるか。我悪念を飜し。今善念を求るも。かた〃゛うかめん為なれば。一切衆生諸共に。仏果菩提に至るべし、
{シテ詞}〽荒有難の結縁や。悪人の友を振捨て。今善人の成給へば、
{ワキ}〽其罪障は重く共、
{シテ}〽法の力による浪の、
{ワキ}〽うかめん事は安からん、
{上同}唯一念の悟りには。〃。無量の罪も消ぬべし。発起せよ、〃。迷ひの雲は厚くとも。鷲の山風吹落ば真如の月は澄べしや、〃》、
{ワキ詞}〽大施餓鬼にてぐんるいを弔ふべし。抑目運尊者。悲母の為にうらぼん会の供養有。其結縁不可思議也。猶々冥途に通ずる謂れ。生を替てはしるべなし。末世の為に物語候へ、
{クリ同}《夫餓鬼供養の事。天台の僧恵心大徳往生要集に詳かに述作有。殊に正法念経に説。又ゆかろんに明らか也、
{サシ}〽暫く要集の心によらば。住所二つ有
{下同}地下五百由旬有。是を焔魔王界と名付。二つに人天の間に有。其相甚多し。少分を上ていはば、
{クセ下}身のたけ一尺。或は千ゆせん也、雪山の如し大しつ経には。其身長大にして面目なし手足猶かなへの足の如く。熱火中にみちて。其身をやきとろかす。是財をむさぼり。人を殺せし報ひ也。又食吐と名付て其長半由旬なり。常に嘔吐を求む是は富て美食し。妻子けんぞくにあたへぬ罪の報ひ也。或は樹の中に有。逼追せられて身を押事とくさの虫の如くなり。是は梵僧の。園林を徒に。きり取し報ひなり
{上}〽論にいわく餓鬼の形ち、
{同}口は針の穴の如く、腹は大山にひとしゝ。飲食とぼしく。適々少食に向へば。変じて猛煙と成て身をやく。人間の一月は。餓鬼の一日一夜として。五百歳の苦しみけんどんしつとのむくひ也
{上ロンギ同}〽実哀成物語。聞に心も白露の魂も消る斗也、
{シテ上}〽斯苦しみを受る身を。扶け給はん一乗の。法の御船に棹さして彼岸に迎へ給へと
{上同}言かとみれば忽ちに。身より火烟を出しつゝ。あつと斗に叫ぶ声。大地にひゞきうせにけり、〃、
{中入}、
{ワキ上}〽過去七仏を説法の。〃。亡者の為の大施餓鬼。声立山の草も木も皆成仏のみぎんかな、〃、
{後シテ一セイ下}〽荒有難の御法やな。〃、
{上サシ}我は車の輪の如く。行廻り、〃。輪廻の浪にちんりんして。うかむ世もなき苦海に沈み。餓鬼畜生の地獄道。生替り死替り。出でもやらざる六つのちまた。離れん事の有難さよ、
{ワキ}〽不思儀やな口には離れし輪廻の言葉。姿は聞し餓鬼の形ち何れを夢とわかたまし、
{シテ}〽今日出そむる輪廻の姿。委敷苦患を顕はして。疑ひをはらし今日の。ほうしやにお僧に見せ申さんと、
{上同}云声の下よりも、〃。天地一同に鳴動して六時不断の呵責の時ぞと。地に倒れて悲しめば大地俄にはれつして慕風吹出罪人を中天に吹あぐる。あふげば空よりりんほうくわりん。車輪の如く打砕く。雪に霰と見る中に。
{シテ上}〽れい〃と形ち出来て。火烟の息をほつとつき。
{同}湖水をのまんとて。歩みよる分野よろ〃たち〃と。行ては倒れ立てはふし。かろうじて水をむすべば。くむよりはやく。ほのほとなる。瀧坪に飛ひたれば。熱湯と涌返り。見るにひまなき苦しみなれども今御僧の弔ひに。即時に悪趣の苦患を払つて。涼風百味のをんじきわきみち成仏する社有がたけれ成仏するぞありがたき》