五百番本「堯舜」
5-1 堯舜
{シカ〃}
{大臣サシ}《有難や五日の風は枝をならさず
{ケウ}〽十日の雨は塊を
{大臣｝〽破らぬ君が代にすめる
{ケウ}〽農夫は野田に謌ひ
{大臣}〽畔を譲りておのづから
{上同}上を学びの下迄も〃。徳を貴み義をたゞし。仁を興せば凍餒の。憂は長く忘れ水の音せぬ鼓苔むして。鳥驚ぬ君が代を。仰ぐも愚か成べしや〃》
{ワキ詞}〽いかに奏聞申上候
{ケウ}〽何事ぞ
{ワキ}〽偖も箕山の許由をたづね。位を譲り給ふべきとの。宣旨のおもむきのべければ。許由其時頭をふつて。我此山にかくれすみ。うき世の塵をはらひ捨。谷の清水にこゝろを澄し寥々と有折節に。又穢らはしき世の事わざを。聞つる事の浅ましさよとて。頴川の滝にて耳を洗ふ爰に巣父といへる賢人。牛を牽て来りしが。許由が耳を洗を見て。子は何事ぞとたづねければ。其時許由しか〃と云。巣父聞もあへず。けしからず此滝のいつより濁りて見えし程に。不思儀に思ひたゝずみしが。左様の穢れし流れをば。我は牛にもかはじとて。空敷引てかへり候。なんぼうきたい成賢人にて候
{ケウ}〽実不思儀成ものどもかな。此上はちから及ぬ事。さらば歴山の麓に。重花といへる民有べし。彼は父母に孝行成者なれば。重花に天下を譲るべし急で召つれきたり候へ
{ワキ}〽畏て候さらば歴山にこへ重花を召て参らふずるにて候
{シカ〃}
{シテサシ}《夫父としては慈を施し。子としては孝を盡すこそ。人の常とはいふべけれ。われは心の及ぶほど。孝をはげむと思へ共。父かたましき心にて。徒になるうらめしや天はまことを照し給へば。我がなす孝のすぐならば。恵を施しおはしませ》
{詞}けふも又田面に出て浮世のわざをいとなまばやと思ひ候
{ワキ}〽いかに是成は重花にて渡り候か
{シテ}〽見奉ば衣冠たゞしき上人成が重花と承り候かや何事にて御座候ぞ
{ワキ}〽是は堯王よりの勅使なるがお事の孝道聞し召及ばせ忝くも御位を譲給はんとの宣旨也急で参内し給ふべし
{シテ}〽是はふしぎの宣旨哉我等賤しき身にしあればいかでか位に備るべき是はさだめて人ちがひにて候べし
{ワキ}〽実々仰はさる事なれども論言うたがひ有べからず
{カヽル}《はや〃輿に召るべし》
{シテ}〽こはそも何と夕月の光り暉く玉の御輿
{カヽル}《乗行末も玉の臺の
{ワキ}〽うへなき位に進むべきとは
{シテ}〽思ひもよらぬ
{ワキ}〽身の程を
{上同}しれば嬉しき世の中の。〃人の心のすぐならば。などか天道も。慈悲の光りのなかるべき。実や邪見偸盗は貧困の種惻隠は。富貴栄花の基とは今社思ひしられたれ〃》
{ワキ}〽勅定にまかせ重花を召てきたり候
{ケウ}〽急ぎ衣冠をあらため此方へ来れと申候へ
{ワキ}〽畏て候
{シカ〃モノギ}
{ケウ}〽いかに重花汝孝行のこゝろざし深きにより代を譲らんが為にめしよせたり今まで盡したる孝行のしな〃゛くはしくかたり申候へ
{シテ}〽畏て候
{クリ地}《いやしくも我畎畝のうちに長と成。道をまもるといへども。父は頑なにして母はかまびすく。弟はいと。傲れるものなり
{サシ}〽常は歴山のふもとに耕作して。世の営みをつとめしに。
{同}我孝行の心ざし。天も納受ましましけむ。諸鳥くだりて草を粧り大象きたつて。田を耕す
{曲}有時瞽瞍弟の。象とはかりて我をして倉廩のうへを覆はしむ。命を背かず高き屋に。登りて是を葺ぬるに兼てたくみし事なれば。半ふきぬるころほひに、下より火を放ち焼ころさんとせし時に。傘を擴げ飛おりあやうき命助かりぬ。其后又井をほらせしむ。夫をも更に背かずし地中に入て井をうがちつちをあげしに不思儀やな。地も感應やおはすらん土中に金交りて。是を諍ふその隙に。我ぬけ穴をほり穿ちからき命をたすかりぬ。夫をもしらで父母はうへより石を投落し土をかさねて埋みしはげに浅ましきたくみなり
{ケウ上}〽帝堯此よし聞しめし。
{同}類ひまれ成孝行の。みちをたがはぬ心ざし。感涙御衣の御袖を。しぼり給ひてみづから玉扆をすべり重花を玉床にすゝめ給へば。月卿雲客一同に。手を拱ぬきて礼拝し。徳高く業廣き大舜のあがめたてまつる》
{ケウ}〽此上は我皇女英重花に妻（イ）合（ウ）し位を譲りあたふべし諸候太夫にいたるまでも今より重花を天子とあがめ其政道をまもるべしと
{上同}《綸言あれば大舜は》かたじなしと夕露の《玉のかぶりをかたぶけて。帝堯を三拝し懸るふしぎにあひ竹の。直成御代の政事たがはぬ。帝徳ぞ有がたき。とても目出たき此君の〃御影を仰ぐ四方の国。太平楽の舞の袖。返す〃゛も有難や
{ガク}
{シテ上}〽皇の賢き御代のためしには
{上地ノル}天には鳳凰舞あそぶ〃まひあそぶ
{シテ下}〽地には麒麟の角ふり立て
{同}〃。翔遊ぶも聖の御代の。徳輝を感ずる天地の。動かぬ国は幾千代万歳の寿きをのぶる。舞楽も既に時うつれば。帝堯は玉座を立給ひ。玉簾遥に入せ給へば重花は諸候に礼義を敦くし諸民を懐けて。政道をたゞせば。豊かに治る代は千秋や。豊かに治る代は千秋の。堯舜の聖徳ぞありがたき》