五百番本「剣珠」

15-1剣珠

{次第}《直成御代の時とてや。〃。国々豊か成らん》
{ワキ}〽抑是は当今に仕へ奉る臣下也。扨も摂州西の宮は、承及たる霊神にて候間。此度君に御暇を申摂州に下向仕候
{道行上}《住の江や長閑き浪の浅香潟。〃、見るめもしげき玉も苅。海士の仕業のよしあしも。実ぞ名にあふ難波潟。塩のひるこの名を得たる。西の宮にも着にけり、〃
{シテ一セイ}〽釣の営み数々の。あまのよすがと。人やみん
{サシ}おもしろや明暮馴る浦里の。あまの見るめは甲斐もなく。只いたづらに往来の人。詠休らふ心の色。知らぬを何とならはしの、身は海士衣しほしめる。憂身の業をいかにせん
{下哥}心なき身も心して折々毎に慰むは
{上哥}海原や、沖行舟の朝朗。〃。何に縦ん世の中の。向後も知らぬ跡の波、立かと見れば春霞。朧々と移ろふや。天津雁金帰る成。残りの月も遠方の、有明になる余浪かな、〃》
{ワキ}〽我此宮居に来り神拝をなす所に。社職と見えて翁一人来れり。見れば釣針に魚をつなぎ。神前に捧、敬心を致す氣色なり。そも是は何と申たる事にて候ぞ
{シテ}〽さん候是は神代に宮主と申て。主龍のにへひもろぎと名付て、神前に備へし嘉例にまかせて。今にさゝぐる御事にて候
{ワキ}〽実々神は宜禰がならはしとかや申なれば。
{下}《本地寂光の都を出で。和光同塵の御方便。寔に神慮をしらざる衆生の慣ひ。踈也ける心哉》
{シテ}〽何と此ならはしを踈成とかや。夫神は初を示し給へば。佛は末を導く。本末はいづれか勝劣あらん。其上例は忝も。天照神や諏訪鹿嶋。何も肉魚をひもろぎに備へ、三千世界の鱗までも。
{下}《縁を結ばん御誓ひ。此年までも此所に。仕へ来にける翁成を
{下同}踈成ぞと宣ふは、荒つたなしや人により。神によりたる御誓ひ。賎しき我等より、そなたこそ踈也けれ
{上同}所は津の国や。〃西の宮ゐと云事は。いづくよりの故ぞとも、思ひ知らすは何事と。心きよかれそれこそは。たゞ清浄の神わざ、法の御心も替らじな、おろかに思ひ給ふなよ、〃》
{ワキ}〽いかに申候。剣珠の御社は焉くにて候ぞ、拝し申度こそ候へ
{シテ}〽安き御事、此方へ御入候へ。是社剱珠の御社候よ。よく〃拝し給へ
{ワキ}〽荒有難や候。迚の事に剱珠の御物語候へ
{クリ地}《抑当社と申は。忝も地神五代。蛭子の尊海中より。此浦に地をしめおはします
{シテサシ}〽父母はいかに哀と思ふらん、三年に成ぬ足立で、山跡しまねの開けしより。今人の世のうつほ舟。よるべ定めぬ浪路の底。龍の都は久堅の。あめの尊と。顕れ給ふ
{下クセ}然るに海中の鱗に。縁を結び給ひて。釣の暇も波による。海人のしはざも神業の其ことのもとならずや。中にも御剱の玉の御殿は君が代の。曇らぬ例代々を経て。神功皇后の御時に。新羅退治の其為。龍宮に使者を立られ。干珠満珠の玉をめし。異国を平らげ廣原海に帰し給へ。龍神重て剣珠を捧げ奉る。是ぞ異敵降伏の。守護神と成らせ給ひぬ
{上シテ}〽抑剱珠と申は。
{同}水精の玉の内。一つの利剱御座す。名珠は何も廻れども、中にまします。御剱の御先は西に向ひつゝ。新羅退治の玉鉾の。道直に治り曇りなき御代の鏡かな
{上ロンギ地}荒有難の御事や。〃。是ぞ誠の神託と、渇仰をなす計なり
{上シテ}〽暫待せ給ふべし。御身妙なる人なれば。曇らぬ剣珠の玉殿の、御戸を明まのあたり
{上同}拝ませ申さん待給へと。云すてゝ立帰る塩の蛭子の沖の石に。釣たるゝ翁ぞとて。釣棹を杖に突て、濱宮に帰りけりや、〃（返しニヤナシ）》
{中入、シカ〃}
{太コアリ}
{後シテ上}〽《御殿則鳴動して。沖には浪風頻りに荒て。光充満夥し
{後シテ}〽沖の神躰あらはれて
{上同}沖の荒夷顕れ出て、御代を守りの験を見せんと。手づから剣珠の御戸の御鎰を捧げ持て、玉殿に飛行し顕れたり
{下シテ}〽則御鎰を取直し。
{下同}〃。御戸を開かせ給ひければ、さも明らか成剣珠の粧ひ、天に暉き地に充満て。光明かくやくと顕れ給ふ。有難や
{ハタラキアリ}
{上地}神変奇特を顕して。〃。名珠の内成剱の精灵。金剛の精力威光を放つて。まのあたり新に廻らす玉は。数〃に見ゆるや、くるりくる〃くると。玉は廻れど剣の御先は西に向ひ。通力は虚空に変満しつゝ。一躰分神の沖の荒夷。あらぶる神事只是剱珠の威徳の御影、〃、曇らぬ御代こそめでたけれ》