五百番本「三尾」

11-1三尾

{ワキ次第}《龍の都も隔てなき、〃。御法の道に出ふよ》、
{ワキ詞}〽是は法花修行の沙門にて候。我此程は都に候ひて。洛陽の寺社拝みめぐりて候。又是より江州三井寺におゐて。三尾の明神に参らばやと思ひ候、
{道行上}《是やこの行も帰るも別れては、〃、知るもしらぬも相坂の関を越れば小浪の。打出の浜の朝日影。めぐる時雨の車路や。歩行路も早き。あゆみかな、〃》、
{詞}急候程に。三尾の社に着て候。心静に一見せばやと存候、
{シテサシ}〽《和光同塵は結縁の始。八相成道は利物の終。実あらた成神慮かな》、
{ワキ}〽いかに老人に尋べき事の候、
{シテ}〽此方の事にて候か何事にて候ぞ、
{ワキ}〽唯今の御口号み誠に有難ふ社候へ。本来本地垂迹は。現当二世の御利益なれば洩る方なき神慮にて候、
{シテ}〽実能心得給ひたり。縦を外に求べからず。有時社僧に夢中の告。あしたに有し故により。社檀を筒井に移しつゝ。道俗男女結縁し。
{カヽル}《程なく本地に還去の有様。八相成道目の前なり、
{ワキカヽル}〽謂を聞ば有がたや。猶此寺の神秘をも委く語りおはしませ》、
{シテ}〽新羅は大師帰朝の時。乗守らんと唐船のとまりは北の院なれば。本地大聖文殊ぞかし、
{ワキカヽル}〽《当社は普賢菩薩にて。陽の神にてましませば》、
{シテ詞}〽南の院に現じ給ふ、
{ワキ}〽護法は中の院にして中道実相を顕はして、
{シテ}〽慈尊の出世を金堂に見せ、
{ワキ}〽清浄熱池の
{シテ}〽余流をたゝへ、
{上歌同}汲て知る心も清き法の水。〃。三代の御門の御生湯とりししるしを三井寺の。其名も深き御恵み。流れのすゑの今とても。豊かに住る御代なれや、〃》、
{ワキ詞}〽猶々当社の謂懇に御物語候へ、
{シテ}〽畏て候
{クリ地}《抑当社三尾明神と申奉るは。地神三代の尊赤白黒の三つの尾の。大龍とあらはれ。しぜんれいくつに跡を垂て。地主明神となり給ふ、
{シテサシ}〽然るに高祖智澄大師。此神徳を仰ぎ給ひ。
{同}我立杣木引分て。教得和尚のすゑをつぐ、
{下シテ}〽山王受戒し給ひて。
{同}おなじく当寺訶利帝母の。戒師とならせ給ひつゝ渡唐帰朝の其後に青龍寺焼失せんとせしとき。爰にて灑水の印をむすんで。たちまち焔を消給ふ、
{シテ下}〽唯是当社三つの尾の。
{同}龍神同意の。通力なり、
{クセ下}さやかなる。鷲の高根の雲井より。影和らぐる月読の。もりて余所にもしらやまの。御影も爰に移り来て御法を求め給へり。仏も本は法花経を我得し事は薪とり。菜つみ水汲つかへてし。法のしるしの言の葉の忘失章句令通利我等が為の悲願なり
{上シテ}〽鷲の山。入行月の跡にまた。
{同}出べき御名と聞ばけふ。弥勒の世をも松の葉の塵にまじはる三尾の守。普賢の恵みあまねくて一味の雨に雪霜の。消るも安き罪なればつくらぬは其儘心の仏成べし、
{上ロンギ}〽今の翁の物語。〃。聞ば妙なる言の葉の。其名いかなる人や覧、
{シテ上}〽むつまじと君はしらなみ瑞籬の。久しき世よりいはふなる験を三尾の神ぞかし〽扨は思ひの玉の緒の。終に乱れぬ心にて、
{上シテ}〽あふがば又も見ゝえんと
{同}御声は肝に銘じつゝ。行ゑもそれと白玉の。ゆかの戸びらを押ひらき内陣に入らせ給ひけり、〃、
{ワキ上歌}〽懸る奇特に逢事も、〃。唯是法のしるしぞと。思へばいとゞ通夜。迷はぬ月の庭のおも。此妙経を読誦する、〃、
{後シテサシ}〽荒有難の僧の心や。十方法界のどうじようは。一相一味の雨にあらひ、
{地}〽六根懺悔の音声は、
{シテ}〽五衰三熱。消はてゝ、
{上地}〽雪をめぐらす花の袖妙なる舞楽は有難や、
{ガク}
{シテ上}〽あまのはら。ふりさけみれば。浪分て、
{上地}〽光もかゝやく燈の神の威光の。あらたさよ、
{上同}空より日月燈明仏。〃。又下界には。龍神のとぼし火。波にたゞよひうき沈めども。光はいとゞかゝやきあかり天地両燈神前に捧げ。天津乙女も。舞の曲、
{舞}
{天女}〽神体貴き御声を揚て。
{同}〃。善哉〃と。神勅あれば乙女は雲路に帰り給へば龍神。かうべを地につけて渇仰し。波も打出の水底に入ば。夜もしら〃゛と。明行空の。光とともに三尾の神風。治まる御代とぞ成にける》