三百番本「権守」

09-2　権守

{次第三人}《名残おしさは中〃に、〃、さく花風やさそふらん》、
{シテ詞}〽是ハ北条殿の御内に権の守。権の次郎、権の三郎とて。三人の兄弟の者にて候。此三人は朝敵の身とがうせられ。行末せばく成候間。此程は住吉天王寺邊に忍び居候處に。兄にて候。権のかみは。去子細あつて紀伊国邊へ行候所を。討手に取籠られやみ〃と生どられて候。承候へば近き程にちうせらるゝ由申候程に。此次郎も三郎を召つれ。最後の様をも見参らせ。共にちうせらればやと存候。又我が君。北条殿の若君をば。とがの尾邊にかくし置候間、これより北条殿へまいり御暇を申、夫より兄権の守の許へまいらばやと存候、
{上歌}《此程の、苔の衣をそのまゝに。〃、着てすみよしもすみかねて、とがをのがれずさして行、〃》、
{詞}急候間、早とがの尾につきて候。しのびやかに案内を申さばやと存候。いかに此内へあんない申候はん、
{ワキ北条}〽誰にてわたり候ぞ、
{シテ}〽いや権の次郎にて候、
{ワキ}〽何と権の次郎と申か。人までもなしこなたへきたり候へ、
{シテクドキ｝〽《是まではまいりて候へども。何と申上べきやらん。さらにおもひもわきまへず候》、
{ワキ詞}〽あらふしぎや。物をば申さでさめ〃゛となくは。さて何事かある、
{シテ}〽さん候、是までまいる事余の儀にあらず、
{クドキカヽル}《君の御うむもすゑになりさぶらふ。一たびは権の守。数にならずと我等ごときの。又あの三郎などがあらんほどは。御世に出させさふらはんやうに。心づかひを仕らんに。二三日以前に権の守生捕れ。あまつさへ近き程にちうせらるゝよし申候へば。此次郎は兄権の守の最後をも見申。則ともにちうせられ。同じ蓮のうてなに至るべし。又あの三郎は是にとゞまり。君の御成なされんやうに成行給へ。あら名残おしの御君や。あら名残おしの三郎やな》、〽やあ、いかに次郎承候へ。げに〃汝が申事ことはりしごくせり。権の守事は力及ず。
{下カヽル}《我等も袖をぬらしさふらふ》、
{詞}去ながら兄の生捕れたるを。力なく思ひしに。又次郎はて候はゞ。我等をころし行候へ。ふつつにやり候まじ、
{シテ}〽仰尤にては候へども。兄の事にて候間。此事にをゐては御免あらふずるにて候、
{ワキ}〽いや、ふつゝにやり候まじ、
{三郎}〽よく〃物をあんずるに。次郎殿の御心中さつし申て候。君はふつつと御やりあるまじきとて御座をたゝせ給ふ。此事すてがたく候。又一かたは兄の御事にて候へば。是も見捨がたき御事なり。其故はむかしより申たとへの候。親にはなれての後は兄を親と見候へと。人ごとに申御事なれば。廿余年以前に父母にはなれ。其後は君にはやつかへ申。おきてもねても君をば月日と思ひ兄をば親と思ひ。何事もとひだんかうをも仕、今迄なれ来候程に。腹肺のごとくにおぼしめさるべく候。所詮某はあるにかひなきものゝ事にて候間。兄の御供申して三づの大河をおひこし申候べし。おことは是にとゞまり、君の御世に御出あるやうに御才覚尤にて候、
{ワキ}〽やあ何と申ぞ、権の守。今夜籠をやぶりたすかりたると申か、
{シカ〃}、〽さん候、
{ワキ}〽権の守たすかりたる上は。又某も二たびいくさをおこし世に出候べし、
{シテ}〽げに〃是ハまことにて候へば。目出度御事にて候、
{ワキ}〽いかに誰かある、
{シカ〃}、〽御前に候、
{ワキ}〽是ほど目出度折なれば、両人の人〃゛に酒をすゝめ候へ、〽畏て候、〽《げに〃是は目出度折なれば。まづ我君にたてまつり。かさねて次郎くんだりけり。たゞ万歳の舞の袖、〃、万歳楽、
{カケリ}〽何事も。世にあふ坂や万歳楽》、
{三郎}〽いかに次郎殿、一さし御まひ候へ。是にゑぼしひたゝれの候、めされえ候へ、
{シテ}〽《何事も。世にあふ坂や、万歳楽、
{マヒ}
{上同}千代のかけそふ萬歳楽、〃、〃、
{上}我君のいくはうまたは、かれらきやうだいさん人、かれといひこれといひ、いづれも〃よろこびの。猶行末は久堅の。〃。君をさきだて御供申、世に出雲と成神の。〃、とがの尾山にとゞまりけり》