明暦野田本「輪蔵」

11-558 輪蔵

{次第}《東に残る法の道。〃。迷はぬ,をしへ頼まむ》
{ワキ詞}〽︎《是は筑前太宰府に居住の僧にて候。我若年の昔より。仏法修行の志淺からず候へども。未都をみず候程に。洛陽の寺社に参り。殊には北野の天満天神は。当社御一体の御事なれば。参詣申さんと唯今思ひ立ちて候。
{道行}《つくし舟。法の為にと思ひたつ。〃。雲路につ〃く天の原。出る日影の程もなく。難波の,うらに着しかば。是よりやがて旅衣／日も重れば程もなく。都に,はやく。着きにけり〃。
{ワキ詞}〽︎急候程に。都に付て候。是より北野に参らばやと思ひ候。
{サシ}有難や釈迦一代の蔵経を。大唐よりも,わたしつ〃。末世の衆生済度のために。輪蔵に,おさめ結縁の。手に,ふれ縁を,むすばせんとの。御神の誓ひぞ有難き。南無や傅大士普建普成。現受無比楽後生清浄土》
{ツレ詞}〽︎なふ〃あれなる御僧。筑前の宰府より来り給ひて候か
{ワキ}不思議やな,みやこ始めて一見の者を。宰府の者とは,なにとて見しり給らむ。
{ツレ}愚の仰や。其方こそしろしめされず共我は朝夕しら雲の。迷はぬ法の友人なれば。などかはしらで候べき。
{ワキ}〽︎是は,ふしぎの御事かな。扨〃か様に承る。御身は如何,成人やらん。
{シテ}〽︎何をか今は,つ〃むべき。五千余巻の御経を。昼夜に守護し奉る。十二天の其中に。火天是迄来りたり。
{ワキ上カ〃ル}〽︎《そも火天とはまのあたり。天部を拝み申す事よと。感涙肝に銘じつ〃。現ともさらに弁へず》
{シテ}〽︎《こなたも御身の貴さに》
{ワキ}〽︎《随喜渇仰》
{シテ}〽︎《さま〃に》
{上哥同}《と置し。御法の花も色〃に。〃。をしへはおほき道ながら。悟りは,ひとつぞ胸の月。曇らじや三界唯一心の外ならじ。所は北の宮居。北辰は動ず。天満星の,めぐるなる。輪蔵を,ひらきて。静に拝み給へや》
{ワキ詞}〽︎あら有がたの御事や。火天にて御座候や。五千余巻の御経を。一夜に拝ませおはしませ。
{シテ詞}〽︎五千余巻の御経を。一夜に御僧の,おがまんとは。おほけなき御事なれども去ながら。御身父母の胎内を出でより,このかた。五戒を,みださず慈愛を,おこし。仏道修行し給ふ事。
{上地}《其功既に年久し》
{サシ}《しかるに此御経にをひて。大唐よりも渡されし》
{上同}《傅大士普建普成とて。其身は俗体なりといへども。此三人の,いかなれば。彼御経に値遇の縁。ふかき心の。隙もなく。昼夜に経を。守護し給ふ》
{クセ}《其後日本に。渡りし法の舟の,うち。浪路はるかにこがれ,きし。心つくしの果よりも。仏法東漸の。都の北の宮寺に》
{上シテ}〽︎《おさめ給ひし昔より》
{詞}《今末の世とは云ながら。類ひ稀なる上人の結縁の利益仰ぎつ〃。衆生を済度し給へ。我も,すがたをあらためて。かならず爰に来りつ〃行道の利益。なさむと云かと見えて失にけり。〃。》
{ワキ上カ〃ル}〽︎《月は,くまなき後夜の鐘。声すみ渡る折節に》
{上地}〽︎《ふしぎや異香薫じつ〃。音楽聞え紫雲たなびく絶まより。花降り,くだるぞあらたなる》
{上同}《いひもあへねば妙経の。〃。守護神の御厨子の,とびらは,たちまち四方へひらけて。傅大士二童子あらはれたり》
{シテ}〽︎釈迦一代の。御法の御箱。〃。を彼上人に。悉くあたえんと。普健普成の。二童子に,もたせ。上人の,みまへにさし置給へば》
{シテ下}〽︎《傅大士座を立つて》
{下地}《〃。竹杖にすがり。膝をか〃めて。上人を礼し。彼御経を。読誦し給へば善哉なれや。〃。夜遊を奏して舞給ふ》
{上地}〽︎《いづれも妙なる,まひのそで。〃。月も照そふ雲間より。天部の姿は隠もなく。天降るこそ。有難けれ》
{火天上}〽︎《抑是は。釈迦一代の蔵経の守護神。十二天の其うちに。火天の姿を顕すなり》
{上同}〽︎《火天忽ち,あまくだり。〃。程なく目前に,あらはれ出て。上人に向ひ。則結縁の行道の利益。めぐらし給へと,をの〃立より。上人を,いざなひ。輪蔵に御手をかけまくも辱しと。互に,をし,めぐり。旋り,めぐるや日月の光。曇らぬ御法の。あらたさよ》
{下二人}〽︎是はこれ妙経の守護神なれば。〃。夜の,まに転経の儀式をあらはし。上人こと〃く披見の其後各御箱をとり〃。に。はるかの神前にはこび給ふ。傅大士伴ひ。神前に,つみ,をき弥当社。当寺の仏法。繁昌の霊地を崇給へと上人に,をしへ。天部は,くもゐにあがらせ給へば、七宝荘厳の瑠璃の座の上に。傅大士二人の童子を伴ひ傅大士二人の童子を友なひ。かへり給ふぞ。有難き》