四百番本「清時田村」

15-2　清時田村

{次第｝《世にかくれなき大伽藍。〃。泊瀬の寺に参らん》　
{ワキ詞｝〽抑是は田村の清時とは我事也。扨も奥州三の浜辺にあつまる鬼神を。退治せよとの宣旨を蒙り。たゞ今御いとま乞に。泊瀬の観世音に参り候　
{道行｝《明ぼのにはなのみやこを立いでゝ。〃。戸さゝぬ御代のしるしかや関路は跡にこえすぐるこはたの山に宇治の里。いそげばこれぞほどもなく。泊瀬の寺につきにけり〃》　
{詞ワキ｝〽いそぎ候ほどに。はつせに着て候。やがて寶前にまいらふずるにて候　
{シテ｝〽なふ〃あれなるは田むらのきよときにてはなきか　
{ワキ｝〽さん候きよ時にて候。さてさて御身はいかなる人ぞ　
{シテ｝〽よしよし誰なりとも此馬を参らすべし。三の浜辺にあつまる鬼神を。この馬にめされて退治あるべしと也
{ワキ｝〽あら有がたの御事や。これにつきても御名を名のりたまふべし
{シテ｝〽いや名のらずとも　
｛上哥同｝《たゞたのめしめぢが原。〃。さしもおもひし奥州の。三のはまべにあつまれる。鬼神を退治あるべしと。かきけすやうにうせにけり〃　
{一セイ｝〽あづさゆみやたけごゝろをさきとして。奥州さして。くだりけり　
{上同｝名残ある都のそらを立いでゝ。〃。わがあしがらや箱根山かまくら山を打過て。伊吹小山に陣を取。いそげば是ぞほどもなく。かたきにやがて奥州の。三の浜辺も近づけば。ふしぎや乗たる駒共のたかいなゝきして立たりけり
{後シテ｝〽そも〃是は。むくりの大将。かんやしやうとはわが事なり　
{ワキ｝〽われは又田むらの清ときとはわが事なり　
{同｝三の浜辺にあつまる鬼神は是を見て。〃。邪見のつるぎのひかりをはなし。おもてをふらずぞかゝりける　
{ワキ｝〽きよとき是を見るよりも。
{同｝〃。南無やはつせの観世音。ちからをあはせてたび給へとて。祈念をいたせばふしぎや味方のはたの上に大慈大悲のひかりをあはせたまひけるぞや。はや切かゝれと下知すれば皆一同にときを作り。火花をちらして。たゝかふたり　
{シテ｝〽ゑびすの大将これをみて。〃。彼清時をみぢんになれと打けるところをとびちがひ。無手とくみ。上になり下になりしばしはせうれつ見えざりければ。あきれて立けるを。そのまゝゑいやとおしかへし。くびかき切てさしあげつゝ。是までなりと軍兵を。ひきつれ〃てみやこへとてこそのぼりけれ》