四百番本「東海寺」

01-3東海寺

{次第}《入日にむかふ山の端の。〃、東海の寺に参らん》、
{ワキ詞}〽是は都方より出たる者にて候。我東海の観世音を信じ。此比あゆみをはこび候。今日も又参らばやとおもひ候、
{上哥}《比も今春のはじめのあらたまの。〃、あらしにつるゝ川舟の。さゝつ竹がはな過行ば。清高嶋をよそに見て。霞へだつるおきのうみ。波静にも行舟の。げに面白き気色かな、〃、
{下哥}はまの山松吹風はさつ〃と。波の声又はう〃たり、〃》、
{シテ詞}〽いかに法印に申べき事の候、
{ワキ詞}〽何事にて候ぞ、
{シテカヽル}〽《我此御寺に参ること。法花一万遍の題目》。
{詞}是をぼだいの種と思ひ。此程書写せしめ候なり。
{下}《我終に仏道をもねがはず。只ばうぜむと明しくらす事。余に浅ましく思ひ。責ては加様の事にても。すこしの罪をのがるべしと。思ふ心を便にて。是迄参りて候》、
{ワキ詞}〽荒有難や候。先題目を仏前におさめ申候べし。こなたへ給候へ。
{下カヽル}《具一切功徳慈眼視衆生。福聚海無量是故応頂礼、
{上同}此文の功力によりてそのかみの。〃、はうそといはれし仙人は。七百歳をへしとかや。実ありがたき御ちかひ。是観音の利生なり、〃》、
{ワキ詞}〽かくありがたき妙文なり。
{カヽル}《現世安穏後生善所と。此文を念じ給へ》、
{シテ詞}〽げに有がたき妙文かな去ながら。天仙も死苦の身なりと聞時は。
{上カヽル}《唯ねがはしきは後の世の。長きやみぢをあみ（ママ）らかに。てらすちかひをたのむなり》、
{ワキ詞}〽本より天仙死苦の身なり。
{カヽル}《なをくるしびは人にあり、
{シテ}〽はかなきうき世のありさまは、
{ワキ}〽雷光朝露、
{シテ}〽石の火の、
{二人}ひかりのまぞとよゆめまぼろし、
{下哥同}末の露もとの雫やよの中の、
{上哥同}をくれさきだつならひとは。〃、しれどもなどや人間の。あだなる心さりやらで。まよひの雲も晴がたくりんゑの闇にたどる事。げにあさましき心かな、
{上}〽何事も。皆さきの世のむくひぞと。思ひの玉の数くりて。数々おほきつみとがを。皆打すてゝ後の世を。やすくたのしむ彼国へ行舟にのりうかまん》、
{シテ詞}〽今宵は仏前に通夜申御物がたり申候べし、
{クリ地}《それふゆふといへる小虫は。朝に生じて夕に死す。人間もつてことならず。誰か百年を送る。槿花一日の栄に同じ、
{サシ}〽爰に数ならぬ身ながらも。頼をかけて東海寺。悲願を頼爰にきて。此題目を筆に任す、
{下同}我つゐに後の世を知ずして。まうしうの雲も晴がたし、
{下シテ}〽今あひがたきえんにむかつて。心中の諸願をおこし。一万遍の題目を書す。南無や六親けんぞく成仏得脱、
{曲}抑法花の。妙なるくどくさまざまに。あらはしぎぬのいろそへて。匂ふやまどの梅のはな。なにはの事か法ならぬ。あそびたはぶれ舞う（？）たふ。声すみやかに仏身をうる妙法ぞ貴き、
{上}〽一部八巻四七品。其文々はこと〃゛く神力しめしのべ給ふ濁乱の衆生なれば此経はたもちがたし。もし暫くもたもつものあらば。我即歓喜し。諸仏もまたしか也と。とかせ給ふぞ有がたき。慈眼視衆生あらはれて。福聚の海の量なき。ねがひをかなへおはします。大慈大悲の御ちかひあらたなりけり、
{ロンギ地}〽実あらたなる御誓願。夜もほの〃゛とあけがたの夢をもさますかねのこゑ、
{上シテ}〽此寺の。道とふ法の刀（力？）にて。われもうかまん蓮の花のえんはたのもしや、
{地}〽実やあしたは秋の光、
{シテ}〽ゆふべには影もなし、
{同}あさがほのつゆいなづまのかげ。いづれかあだならぬさだめなのうき世や、
{キリ}よく〃物をあんずるに。〃。人間。五十余年は。天下の昼夜なるとかや。夢まぼろしのかりの世に。などや後世をばねがはざる。ねがへや〃人々。心すなほにねがひなば。まよひのやみの雲はれて。真如の月はくもらじ、〃》