四百番本「初雪」

13-3初雪

{ヲカシ女}是は住吉の神主殿の姫君の御めのとにて候。やしなひ君の御寵愛の庭鳥の御座候が。余りにうつくしう雪のやうにしろふ候とて。初雪と名づけられ。身づからあづかりかひそだて申候が。いぜんより隙入申候まゝ、飼をかひ申さず候、ゑをかひ申さふずると思ひ候。とく〃あらまじきや、いづかたへ行て候やらん、みえ申さず候、とく〃、〃、
{女サシ}〽《こはいかに、さしも手なれし初雪の。跡をもみせず其まゝに、消なん事の悲しさよ、さればこそ過にし夜半よ、見し夢の。心にかゝりし事の有しは。扨は此鳥の上なりけるぞや。あらむざんの事やな、
{下哥}うつゝとも夢とも更におもほえず、
{上哥}かくばかり驚くべきにあらねども。〃、思ひがけざるなげきゆへ。むねの火はこがれて、袂はかはく隙もなし。今はかたみもあらばこそ。書置もじの姿迄。鳥の跡とてなつかしや、〃、
{下クセ}むざんやな此鳥の。かいこを出て程ふれば。其かたちたへにして、色はさながら雪なれば、やがて初雪と名付つつ。親身のごとくなれ〃しに。恋路にあらねども、別の鳥と成にけり、
{上}〽今は思ふにかひぞなき。なげきをとゞめてひとへに心をひるがへし。弥陀のちかひを頼つゝ、とぶらふならば此鳥も。などか極楽のうてなのえんとならざらん、
{ワキ}〽実哀なるとぶらひの。〃、ふせうをなしてこゑ〃に、なむあみだ仏みだ如来、
{上地}あれ〃みよやふしぎやな。〃、半天の雲かと見えつるが、雲にはあらで。さも白妙の初雪の。つばさをならべて飛来り。姫君にむかひさもなつかしげに立まふすがた、実あはれなるけしきかな、
{下シテ}〽此念仏のくりきにひかれ、
{同}〃、忽極楽のうてなに生れ。八功徳池の汀にあそび。ふがんゑんわうに翅をならべ。七重宝樹の梢にかけり。たのしび更に。つきせぬ身なりと、ゆふつげ鳥の。羽風をたてゝ。しばしが程は、飛めぐり〃て、行ゑもしらずぞ、成にける》