元和卯月本「右近」

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11-39 右近


{次第}《四方の山風長閑成、〃、雲井の春ぞひさしき》、
{ワキ詞}〽︎抑是は鹿嶋の神職なにがしとは我事也。われ此度都に上り。洛陽の名花残りなく一見仕りて候。又北野右近の馬場の花。今を盛なる由承候間。今日は右近の馬場の華を詠めばやと存候、
{道行}《雲の行そなたやしるべ桜がり。〃。雨はふりきぬおなじくは。ぬるとも花のかげならば、いざや宿らむ松かげの。行ゑも見ゆる梢より。北野の森もちかづくや。右近の馬場に着にけり、〃》、
{ワキ詞}〽︎急候程に。是はゝや右近の馬場に着て候。あれをみれば花見の人〃と見えて。車をならべ輿をつゞけ。誠面白ふ候。暫くやすらひ花をながめばやと存候、
{シテサシ}〽︎《春風桃李花のひらくる時。人の心も花やかに。あくがれ出る都の空。実長閑なる時とかや、
{一セイ二人}見渡せば。柳桜をこきまぜて。錦をかざる。花車、
{シテ}〽︎くる春ごとにさそはるゝ。
{二人}こゝろも永き。気色かな、
{下同}はなみ車の八重一重、みえて桜の色々に、
{上歌}ひおりせし、右近の馬場の木の間より。〃。かげも匂ふや朝日寺の。春のひかりもあまみてる神の御幸の跡ふりて。松も木たかき梅枝の。たちえも見えてくれなゐの。初花車めぐる日の。ながえや北につゞくらむ、〃、
{ワキカヽル}〽︎長閑なる比は弥生のはな見とて。右近の馬場の並木の桜の。陰踏道にやすらへば、
{シテ}〽︎実やはるかに人家をみて。花あればすなはち入なれば。木陰に車をたてよせけり》、
{ワキ詞}〽︎むかひをみれば女車の。所からなる昔語。思ひぞいつる右近の馬場の。日おりの日にはあらねども。
{下}《みずもあらず、見もせぬ人のこひしくは》。
{詞}あやなくけふや詠めくらさむ。是業平の此所にて女車をよみし歌。今更思ひ出られたり、
{シテ上}〽︎《あら面白のくちすさびや。右近の馬場のひおりの日》。
{詞}向ひに立る女車の。所からなる昔語。はづかしながら今は又。我身の上になりひらの。なにかあやなくわきていはん。
{カヽル}《思ひのみこそしるべなりしを、
{ワキ}〽︎左様にながめしことの葉の。其旧跡も爰なれば。今又か様にこととふ人も。いつなれもせぬ人なれ共、
{シテ}〽︎たゞ花故に北野の森にて、
{ワキ}〽︎こと葉をかはせば、
{シテ}〽︎みずもあらず、
{上歌同}見もせぬ人や花のとも、〃。知もしらぬも花の陰に。相宿りしてもろ人の。いつしかなれて花車の。榻立て木の本に。下居ていさや詠めむ。実や花のもとに帰らん事をわするゝは。美景によりて花心。馴々初てながめむ、いざ〃なれてながめむ。百千鳥、花になれ行くあだし身は。はかなきほどにうらやまれてうはの空の心なれやうはのそらのこゝろなれ、
{上ロンギ地}実名にしおふ神がきや。北野の春も時めける。神の名所の数〃に、
{シテ}〽︎詠むれば、都の空のはる〃゛と。霞わたるや北野宮居。御覧ぜよ時をえて花桜葉の宮所、
{上地}〽︎花のこそめの色わけて。紅梅どのやおひ松の、
{シテ上}〽︎緑よりあけそめて、ひとよ松もみえたり、
{上地}〽︎日影の空もあかねさす、
{シテ上}〽︎むらさきのゆきしめのゆき、
{上同}のもりは。みずや君がそで。ふるき御幸のもの見とて。車も立や御輿岡是ぞ此神の御旅居の。右近の馬場わたり神幸ぞたつとかりける》、
{ワキ詞}〽︎あら有難の御事や。かくしも委く語り給ふ。社々の御本地を。猶〃をしへおはしませ、
{シテ詞}〽︎誠は我はこの神の。末社と顕れ君が代を。まもりの神と思ふべし、
{ワキカヽル}〽︎《よく〃きけば有難や。守の神とは扨〃何れの霊神にて。かやうにあらはれ給ふらむ》、
{シテ詞}〽︎あらはづかしや神ぞとは。
{カヽル}《あさまには、なにといはしろの、
{上同}まつことありや有明の。〃。月も曇らぬ久かたの。天照神にては桜の宮とあらはれ。爰に北野のさくらばの。神とゆふべのそら晴て、月の夜神楽をまち給へと、花にかくれ失にけりや、華にかくれうせにけり、
{ワキ上歌}げにいまとても神の代の。〃。ちかひはつきぬしるしとて。神ときみとの御恵み。誠なりけり有がたや、〃、
{後シテ上}〽︎すべらきのかしこき御代をまもるなる。右近の馬場の春を得て。花上苑にあきらかにして。軽軒九陌の塵にまじはる神慮。和光のかげもくもりなき。君の威光も影たかく。花もゆるがずおさまる風も。長閑なるよのめでたさよ、
{上地}〽︎曇なき。天照神の恵みをうけては。さくらの宮ゐとあらはれ給ひ、
{シテ上}〽︎爰に北野の、
{カヽル}神の宮居に、
{上地}花桜葉の神とあらはれ、くもらぬ威光をあらはしきぬの。袖もかざしのはなざかり、
{上同}月も照そふ花の袖。〃。雪をめぐらす神かぐらの。手のまひ足ぶみ拍子をそろへ。こゑすみわたる。雲のかげはし花にたはぶれ。枝にむすぼゝれかざしも花の糸さくら、
{シテ下}〽︎おさまる都の花盛、
{同}〃。東南西北も音せぬなみの。花も色そふ北野の春の。みいけの水に。みかげをうつし。うつしうつろふ桜衣のうらふき返す梢にあがり。枝にこつたふ花鳥の。とぶさにかけり。くもにつたひ。はるかにあがるや雲のは風。はるかにあがるやくものはかぜに。神はあがらせ給ひけり》