四百番本「降魔」

18-4 降魔

{ワキサシ｝《そも〃中天竺摩訶陀国寂滅道場菩提樹下。金剛座上にして。吉祥草をしき。かのうへにて釈尊。三十四心断結成道のとき、
{ワキ｝〽真如阿毘跋十力迦葉狗梨太子、
{立衆｝〽これらの五比丘を伴ひ給ひ。すでに成道をはじめたまふ、
{ワキ｝〽我至坐道場観受約。経々於三七日中思惟如是事、
{上哥｝下天託胎出胎。〃。出家降摩転法輪われらがための御法なり、
{ワキサシ｝〽耿々たる青天夜々のほし。瞿曇一見して。無明をちやうず、下山の道は是上山の道、
{上哥｝我饒於不説法。実入於涅槃とは我等がためはいかならん。げにやまよひのうき身をも。もらさぬをしへたのむなり、〃、》
{ワキ詞}〽さてもわれ三十四心断結成道のおりふし。目前にきたる者を見れば。第六天の魔王三人の美女となつて。我成道をさまたげんために。是まであらはれきたりたるな、
{三人上カヽル}〽《げに恥かしやそれぞとも。佛はしろしめさるらんさりながら。御身はすでにかたじけなくも浄飯大王の御子。悉陀太子にてましますうへ。もろ〃のきさきの其うちに耶偸多羅夫人の御わかれをも。おもひたまはで情なく。成道をとげ給はん事。あまりに后の御なげき。さこそとおもひまいらすれば。同じ女のうき身なれば。ともにあはれをもよほすなり、
{下哥同｝然るべくは御慈悲にこの成道をさしをきて、王宮に帰りたまへや
{上哥｝たとひ正覚をとげ給ふとも迦耶城に。〃。誰か御別。おもはぬ月の雲がくれ。心も空に松風も。身にしむ雪のふるさとに。袖の氷も所せく、おもひはさぞなあはれとも。おもひたまはでは何御じひとなるべき、
{ワキ上カヽル｝〽道人胸中水鏡きよし。万像鬼面かたちをのがるゝ事なし。》
{詞｝をろかやな汝あまたの美女と現じ。今成道をさまたぐるとも。本より此身は不増不滅。なにゝ心をうごかすべき。いで汝等を。
{上カヽル}《たちまち鬼面になすべしと、
{上哥同}御聲のうちよりも。〃。喜楽喜見羯愛女。三人の美女と見えつるが。たちまちにかほばせは。鬼神となるぞふしぎなる、
{上哥}いづれも鬼面とあらはれて。〃、おもてをむかふもたがひにはづかし。おそろしや佛の通力、今は是まで大慈大悲の。あはれびにわがかたちを。本のごとくになし給へと。さけべどもなげゝ共。身よりいだせる心のおにの。かたちはさすがに恥かしやと。夕の雲に立まぎれ、鬼面のすがたは失にけり。〃》
{ワキ詞}〽喜楽きけん羯愛女。象馬牛羊の四群までも。みなわが威力にちからをうしなひ。すなはち退散せし所に、
{上地}〽《又虚空より雲おこつて。嵐をはこぶ黒雲のあし身のけもよだつ有様かな、
{後シテ}〽そも〃是は第六天の魔王。摩■修羅城護天とは我事なり》。
{色}夫欲界の六天はみな我民なり。今尺尊成道あらば。衆生こと〃゛く佛果をうべし、
{上地}〽《かくてあるべき事ならねば。黒雲に乗じ威光をあらはし。佛前にあまくだり。参着せり、》
{ワキ詞}〽汝さま〃゛にさまたぐる共。我はこれ過去迦葉仏の付属によつて。今三界の大導師となつて。衆生を済度とせんとほつす。なんぞ我に此たゝかひあらそはむ事をえんや、
{シテ詞}〽此事たれか是を證することをなさん、
{ワキ}〽実々證拠は迦葉佛付属の袈裟を。堅牢地神にあづけをく也。是我をしるは地神出て證せんと。
{上カヽル}〽《我手をもつて地をさし。堅牢地神出現すべしと、
{上地}〽のたまへば六種震動し。大地たちまち破烈して。地神はすなはち。出現せり、
{地神}〽我は是。三千世界をいたゞき。動ぜざる。けんらう地神とは我事也、
{上地}〽佛前に則あらはれて。〃。彼御けさを。かうべにいたゞき。釈尊にこれを奉れば、
{ワキ下}〽すなはち是をうけとりて、
{下同}〽則是を請とり給ひ。摩王にむかひ。此御けさをみせしめ給へば、まわうは障碍のおもひをとゞめ。かうべを地につけ拝し申せば。尺尊まわうにのたまはゞ。汝はわづかに一無差の善根にまわうとなれり。我は是三大劫六度の修行によつて。仏となる。これらの證拠は虚空神しれりと。いひもあへぬに天津空より。又虚空神はあらはれたり、
{上同}〽佛の光中に出現して。〃、ま王にむかひ。汝成道のさまたげをなしゝ。其つみ忽くを見せんとて。則佛前ををつぱらひ給へば、堅牢地神も威勢をあらはし、かしこにをつぱらひくを見せけり、
{シテ上}〽魔王は通力自在もつきて。
{上同｝〃。天にあがれば虚空神出あひ、下界にをつくだす、地に又のぞめば堅牢地神も鉄杖を振あげ。おひはらひ給へば。天にせをくゝめ。地にぬき足して。佛前にかしこまり。今より。障碍をいたすまじと。つゐに降して退散申せば。天神地神は釈尊を守護し。いづれも天地に威光をあらはし。いづれも天地にいくはうをあらはすも。仏法はんじやうのはじめとかや》