五百番本「江嶋童子」

04-5　江嶋童子

{次第}《祈る願ひの末とげて。〃。江の嶋まふで急がん》、
{ワキ詞}〽か様に候者は。豆州桃園の者にて候。我多年弁天を信じ奉り。同じ心の友をさそひ。只今江の嶋に参詣仕候、
{道行上}《何事も、心に叶ふ時を得て。〃。山またやまの箱根路を、上り下れば程もなく。玉縄片瀬過行て、早江の嶋に着にけり、〃》、
{詞}急候程に。江の浦に付て候。暫く此所に休らひ。人来つて当嶋の謂を尋ふずるにて候、
{一セイシテ上}〽《鵜来嶋守の身の業は。釣のいとなみ。隙ぞなき》、
{ワキ}〽いかに是成漁夫に尋べき事の候、
{シテ}〽此方の事にて候か、何事にて候ぞ、
{ワキ}〽我等は豆州の者にて候が。年比弁天を信じ奉り。心友を伴ひ参詣にて候。此嶋の謂れ御物語候へ、
{シテ}〽某も委くは知らず候へ共。承及びたる子細を。物語申さふずるにて候、
{語}扨も当嶋弁天部と申は。往昔欽明の御宇卯月半に。諸天下界の龍神迄も。悉く爰に出現まします。時に金輪際より。嶋涌出すれば。悪龍夜叉羅刹迄。磐石をそばだて一嶋を造行。一つの岩窟をたゝへて。弁天爰に居まし給ふ。其折節此海月江の浦に一つの悪龍有。其身ひとつにして。頭五つあり。則是を五頭竜王と名付。当国の人民を贄に取て国中に人なし。弁天是をあはれみ給ひ。彼龍王にむかひ。汝永々殺生をとゞめば。我夫婦のかたらひをなすべしとあれば。龍王よろこび悪心をひるがへし。国民を衛護し。龍の口の明神と顕れ。衆生を守りおはします。なんばう新たなる御事にて候、
{ワキ上カヽル}〽《謂を聞ば有難や。扨々天部の御事は》。
{詞}兼てより伝へ承る。迚の事に十五童子の子細御物語候へ、
{シテ}〽さのみは委く知らねども。御尋候へ教へ申候はん、
{ワキ上}〽《先印鑰童子は、
{シテ上}〽御鑰を持（リ）、
{ワキ}〽官帯童子は、
{シテ}〽帯を提げ。筆硯は筆すゞり、
{ワキ}〽金財は、
{シテ}〽秤に金を盛》、
{ワキ詞}〽扨又外の童子の名は、
{シテ上}〽《稲籾は稲を携へ。計升は升を持せり、
{上同}飯櫃童子はあまねく。〃。飯を国土に施し。衣裳童子は衣服を諸人に与へおはします、蠶養は。かいこをそだて綿線を以て衆生の。肌をあたため給はんの御誓ひあらた成けり、〃》、
{ワキ詞}〽猶々聞ば奥床し。残りし童子の御名はいかに、
{上シテ}〽《酒泉童子は国民に、
{上同}〃。甘露を授け愛敬は。本来衆人の愛敬を守り給ふなる誓ひぞ貴かりける、
{下クセ}生命童子は寿命延年の徳あり。従者はけんぞく。牛馬童子は民の田畠のたすけとなり。船車はふねと車を衆生に与へ給ふなり、
{シテ上}〽扨また善財童子は。
{同}乙護と是を名付つゝ。弁天よりも大覚へ給仕に送り、おはします。禅師の心にひとしければ。其名を如意と召れつゝ。一生仕へ給ふとか。さのみは何と語るべき。我は是龍の口の。明神と云捨て波濤を分て入給ふ、〃》、
{中入シカ〃}
{ワキ詞}〽斯る奇特に逢事も。一方ならぬ御利生ぞと、
{上歌}《いふ浪風も音を添て。〃。松諸共に調へあふ声もみちくるあらたさよ、〃、
{上地}其時御殿鳴動して。日月光かゞやき渡り。山の端出る如くにて。顕れ給ふぞかたじけなき、
{後シテ上}〽抑是は。此嶋に住んで御代を守る。聡明勇進弁財天なり。我を信ぜん輩は。唵薩羅薩伐底曳娑婆訶と。朝暮唱ふる衆生には。福寿円満快楽と守るべし、
{上同}四方星辰及日月。威神擁護得延年。吉祥安穏福徳増。災変厄難皆除遣と。宣ふ御声の内よりも。花降異香薫じつゝ。月にかゞやく。乙女の舞。返す〃も面白や、
{マイ}
{上同}夜遊も今は時過て。〃。月澄渡る。青海原に。龍灯忽かゞやき見えしは。五頭竜王の出現かや、
{早笛}
{上同}龍王則顕はれて。〃。天地に横たはる大蛇の勢ひ。白浪を平地にけたて〃て。さもすさまじき龍神の気色悪魔を払ふ粧ひたり、
{働アリ}、
{下シテ}〽元来衆生済度の誓ひ。
{下同}〃。様々なれば。天女龍神と形を顕はし。七難即滅七福即生。悪事災難を悉く払ひ。武運長久諸願成就と宣ふ御声もあらたに聞え、天部は岩洞に入らせ給へば、五頭竜王は。波間にかけり嶋根をうがち。巨海にとよみ波上にはしり、〃(コカイ)て。海底に飛でぞ。入にける》