五百番本「鵜の丸」

05-5 鵜の丸

{次第}《仕ふる道の朝霞。〃。深きや恵み成らん》
{ワキ詞}〽抑是は当今に仕へ奉る臣下也。扨も神泉苑にをるゝ鵜共。刃脱と成て池の上にうかぶ。彼有所替る事なきよし則叡聞に達す。尋見て参れとの宣旨を蒙り。唯今神泉苑にと急候
{道行上}春の夜の朧月夜の名残とや。〃出る朝日の影迄も霞たなびき行袖は。あけの緑も錦にて柳桜をこきまぜし。池の邊に着にけり〃。》
{詞}急候程に。神泉苑に付て候。暫く此池の邊に休らひ。朝清めの宮奴参て候はゞ。委く尋ばやと存候
{一セイ二人}〽《宿守の。ともの宮つこ心あらば。朝清めする。花ざかり
{二句ツレ}〽心の限り我も亦
{二人上}仕へて春をや。送らまし
{サシ上}〽実や春風も。治まる御代の光には
{二人上}頭の雪も忘れ草の。長閑に住る雲井より。降くる花の。面白さよ
{下哥}御垣守衛士の焼火の夜だにも
{上哥}いもねず夙に仕へ来て。〃。朝清めする花守の年経る松の陰迄も。みつ輪汲まで仕へ来て君万歳と。祈るなり〃》
{ワキ詞}〽いかに是成は朝清めの宮奴にて有か
{シテ}〽さん候朝清めの者にて候
{ワキ}〽扨も此程池上におるゝしまつとり。度々来つて浮べるよし。殊には其有所も替らぬよし。餘りに不思儀に思召るゝ間。委く尋て申上よとの勅定なり。汝ら朝清めの折節。見及ぶ事も有べし委く申候へ
{シテ}〽我等賤き身として。何とて由緒を存候べきさりながら。帝徳天に叶はせばこそ。かゝる奇特もあらはるゝ。
{下}《君が代は。千尋の底のさゞれいしも。》
{詞}鵜の居程に生上るまで
{ワキ上カヽル}〽《それは限りも白波の。海際通る
{シテ}〽早瀬ならで
{上哥同}唯池廻る嶋津鳥。〃。つゞきて受る君が代を守る劔やおのづから。鳥と見えても世の為に仇なる物を治む覧〃
{クリ地}抑此神泉苑と申は。源たかき御代より出て。其末久敷すんで。代々の帝の御遊の池たり。中にも淳和天皇。遥に炎旱の愁を聞召て。弘法大師に勅し給ひ。請雨の秘法を修せられしに。八寸の青蛇長一丈の。龍頭に現ず
{サシ}〽夫より絶ず王城の。守護神と成まします。
{下同}其後醍醐の聖主。此池に御幸成し時。洲崎にをりる鷺を。取て参れとの勅定にて。蔵人行向ひ宣命を含めければ。則翅を垂て随ひけり
{下クセ}又後醍醐の。天皇の御宇かとよ。夢中に女人来りて。白刃劔難の隠法を。示し奉り玉躰も恙ましまさず
{上シテ}〽世々に絶せぬ奇瑞にて。
{同}善女皇を守る心ざし。深きしるしのゆへ哉覧。。いか様鳥類も。こつしやうに随ひて。国のあだともなるべきを。深底に埋もるゝ。扨しんくはうを。龍中に相添。常にまとりの吹毛は此渕の底に有べし
{上ロンギ地}不思義なりとよ老人よ。〃。其霊劔の有所委く教へ給へや
{シテ上}〽不知やそこともしら浪に。納む所は千尋ならん。いかにして尋ねん
{上地}さればそれを知らざれば。信心尽ぬ手向草
{シテ}〽深き願ひも重ならば
{上地}千尋もなどか
{シテ}〽及ばざらん
{上同}然らば劔を捧ぐべし古しへは此池の主。善女龍王を戴き揚し神なり。暫く待せ給へとて。中嶋の松が根に。木隠れて失にけり跡木隠れて失にけり》
{中入}
{シカ〃}
{ワキ上哥}〽《様々に心を尽す手向草。〃。なびく汀の露迄も。まがふ光の玉篠を小舟に作り立浪に佛舎利を社は浮べけれ〃
{一セイ太コ}
{後シテ上}〽荒有難の御手向やな。釈尊御法を仰ぎ給ひしより以来。王城守護の龍王となり。此池の底中に久敷埋む
{太コ■頭}
{上同}刃光なをいるとき鵜の宿り。やどり木の緑も立や中嶋。木深き陰より這渡りて。此霊劔を勅使に捧げ。其まゝ立舞袖の追風の返々もおもしろや
{舞働}
{下シテ}〽そも〃劔の銘は。
{下同}〃。三条小鍛冶宗近なるが。往古の寶となるべき故に。空をかけるつばさの類ひも此吹毛の。刃光にあたり破れ。寸々となるぞと云捨善女は空に。のぼりかけるが又立帰り波の上に。ひかれてわだかまり。数尺に変化の。形は其侭行方も〃跡白波とぞ成にける》