五百番本「天橋立」

18-5天橋立

{ワキ神主詞}〽抑是は丹波国橋立の明神に仕へ申神主にて候。扨も当社におゐて。年に七度の御神事の御座候。今月今日の祭をば。天灯龍灯の祭りと申候。急御神事を執行ひ申さばやと存候、
{一セイ}〽《橋立の。花の雲井に空晴て。行ゑも知らぬ。花ぞ散、
{サシ}霞こめたる谷の戸に。世を鶯の声すなり。爰は所もゑんまん十里の外なれども。神と君とはへだてなく。歩みを運ぶ斗なり、
{下歌}千早振神の随意詣で来て、
{上歌}立上る雲も重なる雲の袖。〃、賎が習ひの業なれば。かけちの橋もなにならむ。行ゑにのこる白雪の。解て落来る谷の戸に。水も岩根や伝ふらん、〃》、
{ワキ}〽今日は当社の御神事とて人々多き中に是なる人をみれば。玉はゝきを持木陰を清め給ふは。そも御身はいか成人ぞ、
{シテ}〽さん候是は此あたりに住者成が。今日の御神事を待得申。是まで顕はれ出たるなり、
{ワキ}〽あら不思儀のことばのたね。そも顕はるゝとは何事ぞ、
{シテ}〽さのみな問せ給ひそとよ。
{上歌}《夕陽西にかたぶけば、〃、しばらくまたせ給ふべし。はや其時節もちかづきぬ天灯龍燈あらはすべしと夕月の空晴て掻消様に失にけり、〃、
{シテ}〽獅子団乱旋は時をしる。雨村雲に。そふすらん、
{上同}御殿頻に鳴動して。光かゝやく御神の。神楽を始め。おはします、
{渡リ拍子有}
{上}橋立の。
{上同}〃。神の契りのよるかけて。いそげ〃舞姫の。松風も波の声も吹は嵐なるらん此笛は嵐成らん》、
{ワキ詞}〽急ぎ御神事を初められ候へ、
{シカ〃アリ}
{シテ}〽《其時明神妙成御声をあげさせ給ひ、
{上同}往昔天照大神の岩戸にとぢこもらせ給ひしとき八百万の神達岩戸のまへにて神歌をそうし給ふ是ぞ神楽の始めなる、
{シテ上}〽謹上再拝、
{カグラアリ}
{上地ノル}神楽のつゞみ声々に。〃。月すみわたる折からに。ふしぎや湖水鳴動して天燈龍燈あらはれたり、
{ハヤ笛ニテ出ル}
{上同}両龍灯は波間にうかび。〃。かの稀人に。なをも奇特をみせんとて波上にかけりひきよくをそうするきどく哉、
{ハタラキアリ}
{下シテ}〽明神御こゑをあげさせ給ひて。
{下地}〃、いよ〃国土民安全に守べしと云捨あがらせ給ひければ龍神も諸共に湖水をかへし。波をけたてさかまくうしほに引れつゝ。明行空も橋立の。〃、松の風治まる御代とぞ成にける》