三百番本「飛鳥寺」

05-5飛鳥寺

{僧詞}是は南都飛鳥寺の住侶にて候。扨も当寺にふしぎの化生有て。夜な〃鐘楼に入て鐘をつく。是によつて行事も留り。人民出入をとゞめ候。いかにもして化生をたいらぐべきやう。衆徒と談合いたさばやと存候。いかに道場法師。当寺の化生ゆへ行事も留り。人民出入留り候間。いかにもして化生をたいらげ給へと。衆徒をの〃申事にて候、
{ワキ詞}〽是は思ひもよらぬ事を承候物哉。御堂のころく材木を引べき事はいざしらず。さやうの化生をたいらぐべき事。思ひもよらず候
{僧}〽尤それは去事なれども。さすが御身の生は。いかづちの種と聞なれば。只おぼしめしたちたまへ、
{ワキ}〽御言葉をかへすは恐れなれども。通力飛行自在の化生。いかでたやすくたいらぐべき
{僧}〽いやとにかくに身命を仏意にまかせ。はや〃思ひ立たまへ
{ワキ}〽扨は進退きはまりぬ。殊更我等人がましくえらばれ申此上は。
{カヽル}《飛鳥の寺の鐘の声。つく〃゛思へば是ぞわかれの鐘ならん、
{クセ}我等釈門の身として鐘ゆへに命の。何かはおしかるべき。其上伝へ聞。雪山童子は生滅々已の。此偈を聞鬼の為。御身はかなくなり給ふ、
{上}〽かゝる世の中にいつまでか。きのふはうつゝけふは夢。飛鳥の寺の入相も。じやくめついらくとひびききぬ。是もや鬼のつくらん。早是迄と面々に。いとまこひつつ出る身を。余所の見る目ぞ。あはれなる〃、
{一セイ}〽夕日西山にかくれぬればすなはち出る。月冷じく風落て。ほらうのかねや。ひびくらん》、
{ワキ詞}〽其時道場思ふやう。今は鐘楼に先入て。鬼神化生を待べしと。しづかに馬をあゆませ行ば、
{カヽル}《あらふしぎや此鐘を。我より先におそらくは。つくべき者はあるまじきに、
{同}すはや飛鳥の夜の鐘。〃。鬼はやつきぬ月の夜の。くまなきながら見わたせば。黒雲の一村。鐘楼一宇におほひたり。駒かけよせて打まはり。姿を見んと思へば。先へすゝまず驚く我に足毛の馬よりをり。いかなる魔術成とも。手取にせんと思へば。鐘楼の破風をはらりとやぶつて鬼神の姿はあらはれたり
{上}其時鬼神は鬼一口に。〃。思ひかゝるをひるまず切はらふ。二のうで取て。遥に飛行黒雲にまきあげあやうく見えしが剣にせめられ。かつぱと地に落にげさる処を。道場をり合。かうべをつかんでゑいやと引はなし引はなされつゝかうべをかかへて遥に飛さり。今より後は。来るまじと。横道あらぬ。やくだくふかく。今こそ諸行無常の力故。仏法擁護の道場となれば。鬼神は雲にのぼりかねて。鬼神は雲にのぼりかねて。はう〃そうりんに入にけり》