元和卯月本「養老」

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1-04 養老


{次第}《風も静にならの葉の。〃。ならさぬ。枝ぞのどけき》
{ワキ詞}〽抑是は雄略天皇に仕ヘ奉る臣下也。扨もみのヽ國本巣の郡に。ふしぎなる泉いでくるよしを奏聞す。急ぎ見て参れとの宣旨にまかせ。唯今濃州本巣の郡へと急ぎ候
{道行}《治るや。国富民も豊かにて。〃。四方に道有関の戸の秋津嶋ねやあまざかる。ひなのさかいに名を聞し。みのヽ中道程なく養老のたきに着にけり〃
{一セイ二人}〽年を経し。みのゝお山の松蔭に。猶すむ水の。みどりかな
{ツレ上}〽かよひなれたる老のさか。
{二人}〽ゆくこと安き。心かな
{サシ}〽故人眠はやくさめて。夢は六十年の花に過。心は茅店の月に嘯き。身は板橋の霜に漂ひ。白頭の雪はつもれども。老をやしなふ。瀧河の。水や心を。清むらん。
{下歌}奥山の深谷のしたのためしかやながれをくむとよも絶じ〃
{上歌}長生の家にこそ。〃。おひせぬ門はあるなるに。是も年ふる山すみの。千代のためしを松かげの岩井の水は薬にて。老をのべたるこヽろこそ。猶行すゑも久しけれ〃》
{ワキ詞}〽如何に是成老人に尋ぬべき事の候
{シテ詞}こなたの事にて候か何事にて候ぞ
{ワキ}〽おことは聞及たる親子の者か
{シテ}〽さむ候是こそ親子の者にて候へ
{ワキ}〽是は帝よりの勅使にて有ぞとよ
{シテ}〽有難や雲井遥にみそなはす。我おほ君のみことのりを。賎き身として今承る事の有難さよ。是社親子の民にて候へ
{ワキ}〽扨も此本巣の郡に。ふしぎなる泉出くるよしを奏聞す。急ぎ見て参れとの宣旨にまかせ。是迄勅使を下さるゝ也。まづ〃養老と名付そめし。謂を委く申すべし
{シテ}〽さむ候是に候は此尉が子にて候が。朝夕は山にいり薪をとり。我らを育み候處に。ある時山路のつかれにや。此水を何となく掬ひてのめば。尋常ならず心も涼しくつかれもたすかり
{ツレカヽル}〽《さながら仙家の薬の水も。かくやと思ひしられつヽ。やがて家路に汲はこび。父母に是をあたふれば》
{シテ詞}〽呑心よりいつしかに。やがて老をも忘れ水の
{ツレ}〽《あさ井の床もおきうからず。
{二人}よるの寐覚もさびしからで。いさむこヽろはまし水の。絶ずも老を養ふ故に。養老の瀧とは申すなり
{ワキカヽル}〽実々聞ば有がたや。扨々今の薬の水。此たき河のうちにても。取分在所のあるやらむ》
{シテ詞}〽御覧候へ此瀧壺の。すこしこなたの岩間より。出くる水の泉也
{ワキカヽル}〽《扨は是かと立よりみれば。実いさぎよき山の井の
{シテ}〽底すみわたるさゞれ石の。いはほと成て苔のむす
{ワキ}〽千代にやちよのためし迄も
{シテ}〽まのあたりなる薬の水
{ワキ}〽誠に老を
{シテ}〽やしなふなり
{上歌同}老をだに養はヽまして盛の人の身に。薬とならばいつ迄も。御寿命も盡まじき。泉ぞめでたかりける。実や玉水の。水上すめる御代ぞとて流の末の我らまで。豊にすめる。嬉しさよ〃
{クリ地}〽実や尋ねても蓬が嶋の遠き世に。今のためしもいく薬。水又水はよもつきじ。
{サシ}〽夫ゆく河の流は絶ずして。しかも本の水にはあらず
{同}ながれにうかぶうたかたは。かつ消かつむすむで。久しくすめる色とかや。
{下シテ}〽殊に実是はためしも夏やまの
{同}したゆく水の薬となる。きずひを誰か。習見し
{下歌同}いざや水を結ばんいざ〃水を結ばん。
{上歌同}甕頭の竹葉は。〃。かげやみどりをかさぬらん。其外籬の荻花は林葉の秋を汲なりや。晋の七賢が楽み劉伯倫が翫び。唯此水に残れり。くめやくめみ薬をきみの為にさヽげん。曲水に浮ぶあふむは石にさはりてをそくとも。手に先とりて。夜もすがらなれて月を汲ふよや馴て月をくまふよ
{上ロンギ地}〽山路の奥の水にては何れの人かやしなひし
{上シテ}〽彭祖が菊の水。したたる露の養ひに。仙徳を受しより。七百歳をふる事も薬の水と聞物を。
{地}〽実や薬と菊の水。其養ひの露のまに
{シテ}〽千年をふるやあめつちの
{地}〽ひらけしたねの草木まで
{シテ下}〽花咲みなることはり
{地}〽其折々と云ながら
{シテ}〽唯是雨露のめぐみにて
{地}〽やしなひえては。はなの父母たる雨つゆの。翁もやしなはれて。此水になれころもの。袖ひちて結ぶ手の。影さへみゆる山の井の。実も薬と思ふより。おひの姿も若水とみるこそ嬉しかりけれ》
{ワキ詞}〽実有難き薬の水。急ぎ帰りて我君に。奏聞せんこそうれしけれ
{シテ詞}〽翁もかゝる御めぐみ。ひろき御かげをたうとめば
{ワキカヽル}〽《勅使も重て感涙して。かゝる奇特に逢事よと
{上歌}いひもあへねばふしぎやな。〃。天より光りかゞやきて。瀧の響きもこゑすみて。音楽聞え花ふりぬ。是唯事と思はれず〃
{後シテ}〽有難や治まる御代のならひとて。山河草木をだやかに。五日のかぜや十日の。あめが下てる日の光り。曇はあらじ玉水の。薬の泉はよも尽じ。荒有がたのきずひやな
{上地}〽是とても誓ひは同じ法の水。尽せぬ御代をまもるなる
{シテ下}〽われは此山さむしむの宮居
{地}〽又は楊柳観音菩薩
{シテ}〽神といひ
{地}〽仏といひ
{シテ}〽唯是水波の隔にて
{地}〽衆生済度の方便の聲
{シテ}嶺のあらしや。谷の水音とふ〃と
{上同}〽拍子を揃へて音楽のひヽき。瀧つ心をすましつゝ。諸天らいきよの影向かな
{上ワカ}〽松蔭に。ちよをうつせる。みどりかな
{上地}〽さもいさぎよき山の井の水。〃 山の井の
{シテ下}〽水滔々として。浪悠々たり。治まる御代の
{下カヽル}。君は舟
{同}〃。臣は水。水よくふねを。うかべ〃て臣よく君を。あふぐ御代とて幾久しさも尽せじやつきせじ。君にひかるヽ玉水の。上すむ時は。下も濁らぬ瀧つの水の。うき立つなみの。返す〃も。よき御代なれや。〃。萬歳の道にかへりなむ〃》