明暦野田本「金札」

10-468 金札

{ワキ詞}〽︎抑是は桓武天皇に仕へ奉る臣下なり。扨も山城国愛宕郡に。平の都を立置き給ひ。国土安全の,みぎむなり。おなじく当国伏見の里に。大宮作りあるべきとの勅諚を蒙り。唯今伏見に下向の仕り候。
{サシ}《夫久かたの神代より。天地開けし国の起り。あまの二鉾の直なるや。名も二柱の神こ〃に。八嶋の国を,つくり,をき。すべら代なれや大君の。御影のどけき。時とかや》
{上哥}《あをによしならの葉守の神慮。〃。すゑ闇からぬ都路の。すぐなるべきか菅原や伏見のさとの宮作り。大内山の陰たかき。雲の上なる玉殿の。月も光りや,みがくらん〃》
{シテサシ}〽︎あら貴の御作りや。聞くも名高き雲の垣。霞の軒も玉簾。か〃る時代に,あふ事よと。命うれしき長生の。天晴老の思出や》
{ワキ上カ〃ル}〽︎《不思議やな参詣の人〃多き中に。けしたる宜禰御幸の先に進み給ふ。そも御身は何処より参詣の人ぞ。
{シテ詞}〽︎是は伊勢国あこぎが浦に住者なる。当社伏見の大宮作り。天も納受し地も潤ふ。王法を尊み来りたり。
{ワキ上カ〃ル}〽︎《そも王法を,たつとむとは。如何成望みのあるやらん》
{シテ詞}〽︎いやか〃る身の習とは。そらおそろしや此年まで。命すなほに,うれへもなく。上直なれば下迄も。ゆたかに治る此国の》
{下哥同}《千代をこめたる竹の杖伏見は是か宮所。参りて拝むこそ。朝恩をしれる心なれ》
{上哥}《春は花山の木をきれば。〃。袂にか〃る,しら雪。ふかき井げたを,きるならば。らんせいの,つるべ縄。また泰山の山した水,其岩石を,きりいし》
{上ロンギ地}〽︎《車を,つくる椎の木。〃》
{シテ上}〽︎《船を,さくする,やうりう》
{上地}〽︎《木の間になさん槻の木》
{シテ下}〽︎《それは秋たつ,きりの木》
{上地}〽︎《君に齢を楪や》
{シテ上}〽︎ちとせの松は,きるまじ》
{上同}《名は春の木の枝ながら。花はなど榊葉》これは神の宿り木。恐れあり,きるまじ》
{シテ詞}〽︎荒ふしぎや。天より金札の降下りて候。則金色の文字すはれり,よ上げ給へ。
{ワキ詞}〽︎実〃天より金札の降下りて候ぞや。取上読て,みれば何〃。抑わが国は。真如法身の玉垣の。内に,すめりや御裳川の。流れ絶せず守らん為に。伏見に住むと誓ひをなす》
{シテ詞}〽︎扨此伏見とは。なにとしろし召されて候ぞ。
{ワキ上カ〃ル}〽︎《ことも愚や,ふし見の宮居。此御社の事なるべし》
{シテ上}〽︎《あら愚や伏見とは。惣じて日本の名なり。伊奘諾伊奘册の尊。天の岩くらの苔筵に。臥て見だしたりし国なれば。伏見とは此秋津嶋の名なるべし》
{地}《人,しらぬ事なり此国も伏見里の,なも。ふし見る夢とも,うつ〃とも。わかぬ光りの中よりも。金の札をおつ取て。書けす様に失けるが。しばし虚空に声有て。
{シテ上}〽︎《是は伊勢大神宮の御つかはしめ。天津ふとたまの神なり。猶しも我をおがまんと思は〃。重ねて宮居を作り崇むべしと》
{上同}《迦陵頻伽の声ばかり。虚空に残り。雲となり雨と成や雷の。光りの,うちに入りにけり〃。楽にひかれて,ことりその。舞の袖こそ緩くなれ》
{後シテ上}〽︎《守るべし。わが国なれば,すべらきの。万代いつと。限らまし》
{上地}〽︎《かぎらじな〃。さかゆく御代を守りのしるし》
{シテ上}〽︎《ただ重くせよ。神と君》
{上同}《おもくすべしや〃。扉も金の,みふだの神体光りもあらたに見え給ふ》
{シテ上}〽︎《四海を,おさめし御姿。〃
{シテ上}〽︎《あらたに見よや君守る》
{上地}〽︎《八百万代のしるしなれや》
{シテ上}〽︎《悪魔降伏の真如の月弓》
{上地}〽︎《さて又つぎにはさばゑなす》
{シテ上}〽︎《あらぶる神も,はらへのひもろぎ
{上同}《其神託は数〃に。左も右も神力の。悪魔をはらひ,きよめをなすも。金胎両部の。かたちなり》
{シテ下}〽︎《迚も治まる国なれば》
{下同}《〃。中〃なれや君は船臣は水ほの国も,ゆたかに治まる代なれば東夷西戎。南蛮北狄の恐なければ。弓をはづし。剣を納め。君もすなほに民を守りの,みふだは宮に。おさまり給へば,かげさしおろす玉簾。影さしおろす玉すだれの。ゆるがぬ御代とぞ成にける》