四百番本「留林寺」

02-3留林寺

{次第}《浮世の中に生れきて。〃、誰か火宅をのがるらん》、
{ワキ詞}〽是は面白と申者にて候。我医術の道に交るといへ共。未住吉留林寺に参らず候。唯今思ひ立津の路の旅に志候、
{サシ}《比は三月十日あまり。松の木柱に柴の戸の、
{上哥}かりの宿りをたち出て。〃、そなたの空を詠れば。ひかり普く清水寺。祇園林を過行ば。鳥羽に恋塚秋の山。うどのゝ芦もほの見えて。天王寺をもふし拝み。行ば程なく住の江や。留林寺に社着にけれ、〃》、
{詞}漸々急候程に留林寺に着て候。しばらく此所にやすらひ。人の来りて候はゞ。当所の名所のらいれき委尋申さうずるにて候、
{一セイ二人}〽《此程の。長閑き影の日次にて。やく塩頼む。翁かな、
{ツレ}〽友呼鵆の声までも。
{二人}ぬるゝや袂の。露なみだ、
{サシ}〽実や家貧にしては親昵すくなく賤き海士の身となれば。くまぬ時だに塩木をはこび。ほせども隙は波衣の。朽果はせん。名こそ惜けれ、
{上哥和}実や須磨の浦。若木の花も散ぬるに。〃、今梅が枝の朽木とて。唯いたづらに年月を送りし事のはかなさよ。然れ共有難や。一念弥陀仏即滅の御誓願こそ頼母しや、〃》、
{ワキ詞}〽いかに是なる老人に尋申べき事の候、
{シテ詞}〽此方の事にて候か何事にて候ぞ、
{ワキ}〽此御寺は留林寺と申候か、
{シテ}〽さん候留林寺と申候、
{ワキ}〽類のうたれ給はす。文字は何とかゝれて候哉覧御教候へ、
{シテ}〽此住の江や遠里に墅に。橋は様々おほけれど。渡りかねたる此翁は。いかで文字は答申さん、
{ワキ}〽いや〃さやうに承共。勧学院の雀は蒙求を囀り。智者の辺の童べまでも。習はぬ経を読と社承りて候へ。只御教候へ、
{シテ}〽さん候皆人の申せしは。とむる林の寺と書申とこそ仰られ候。又津守寺共申候
{ツレカヽル}〽《なふ本よりも誓願なれば。つもる病もへいゆうしと人はかつがう申也、
{ワキ}〽聞ば弥有難や。つもる病もへいゆうし、
{シテ}〽あしき姿も引かへて、
{ツレ}〽るりを延たる如くにも、
{シテ}〽成は薬師の、
{二人}めぐみなれば、
{下哥同}類にも留林寺と名付たまへば旅人。猶々信じましまさばつもる利生は有べしや、〃》、
{ワキ詞}〽猶々当寺のらいれき御物語候へ、
{クリ地}《抑当寺と申は。仁王十五代の御門。神功皇宮の御宇かとよ。承りて候也、
{サシ}〽然ば皇宮震旦国のゑびすをたいらげ。此所に御幸なつて。里人をちかづけ。何かふしぎの有やらんと。尋給へば里人は。あの白鷺の橋の下より。夜な〃紫雲のたち給ふと皆人不審しあへりと。委く語申せしに、
{下クセ}其時明神。扨は約束申せし。大慈大悲の十二願の薬師如来の十二神。衆生済度の御方便に顕はれきぬの御姿と、
{上}〽うんころ〃せんだりまとうぎそはか。南無薬師と。観じ給へば明神の御手にうつらせ給ひしを。則此みくうでんに納めたまひ。衆生とんよくまうねん。よくあか多き衆生なれば。御姿目前にありながら。おがみし人もなけれども。汝朝々時々におゐて御姿おがまれおはしませと。ねんずる故にかく。遊年の神を給はるめをふさぎ給ひて。仏の御声の聞えなば。其時両眼を開き見給へはやゐも過てねの刻に。なるぞといひて翁は。かきけすやうに失にけり、〃》
{ワキ詞}〽扨は薬師十二神かりに顕れ給ひ。我に言葉をかはし給ふ。是につけても信心をいたし。
{カヽル}《重て奇特を見るべしと
{上（？）哥}いひもあへねばふしぎやな。〃、妙音聞え光りさし。歌舞の菩薩のまのあたり。顕れ給ふふしぎさよ、〃、
{シテ後}〽抑是はじやうるり浄土の主。薬師如来のすいじゃく也。我諸病しつぢよの願をたて。福地円満とくふたいてん。だいしゆあらかんとう。じやうほうけんせ尊。有難や、
{上同}殺（ママ）那なか間に妙音聞ゆ。〃、両眼を開き拝み申せば。薬師如来は金色の光りにて。衆生済度のるりの壺を持給ひて。中にたゝせたまひければ、
{下}〽不動毘沙門は左右に居給へり。十二神は十二の舞楽をそうし給ひ。諸仏菩薩諸神はまのまへに。いにようかつがうし給ふ処に。よるかと思へば日月さやけき。五十二類の獣万木土すなごまで。皆るり色と成にけり、
{下ワキ}〽其時面白は歓喜の涙。
{同}〃。猶袖にあまり。手を合せ合掌し南無薬師。十二神と。礼拝くぎやう延し所に。薬師の御こゑ。あらたに聞え。余人にまみえて叶まじと御内陣に。いらせ給へば諸仏諸菩薩神は東方にあがらせ給へば御法の御雲。たな引〃御法の御雲たな引たな引て夜はほの〃゛とぞなりにける》