三百番本「融通鞍馬」

10-4　融通鞍馬

{ワキ僧詞}是は大原の良忍と申聖にて候。我此程は大原に候て。融通念仏をひろめ候。今日も念仏をひろめばやと思ひ候、
{トウシ次第}〽《をしへうれしき法の門。〃、ひらくる道にいでふよ》、
{詞}是は鞍馬の里に住居する者也。爰に大原の良忍と申上人。融通念仏を国土にひろめ給ふ。我住里ながら見仏聞法の結縁も。絶て鞍馬の山里なれば。かの上人をともなひ申。念仏をひろめばやとおもひ候。急候程に大原に着て候。いかに此庵室の内へ申べき事の候、
{ワキ}〽そもいかなる人ぞ、
{シテカヽル}〽《隣家に人稀にして夕陽なゝめ也、
{ワキ}〽大原の里は爰なれや。物さびしくもかくれすむ、
{二人}〽さんとに山あつて山つきず。路中に道おほふしてみちきはまりなし、
{下歌同}きはもなくうへもなき。弥陀光明の強力にて。上品蓮台に至るべし。南無阿弥陀仏の力たのみ申さん、
{上同}一念称名の。〃。法も妙なる声のうちに。摂取のついぜんもなどかは叶はざるべき。誠にうたがひなさゞれや、清き心の弥陀如来。唯身こそ浄土なれ、げにたのしびをきはむべし》、
{シテ詞}〽いかに上人に申べき事の候、
{ワキ}〽何事にて候ぞ、
{シテ}〽我は是鞍馬の里に住者なり。山里とは申ながら。見仏聞法の結縁たえはてたり。上人をともなひ奉り。無縁の衆生をたすくべし、
{ワキ}〽げに〃仰に随ひつゝ、さらば鞍馬に参るべし、
{シテ}〽我は此時力をえ、御乗物を参らせん、
{ワキカヽル}〽《例ののり物候とて。はきならしたる此わら沓、〽御手にもてるかせ杖の、〽つきぬ命の今迄も、
{上同}《此山陰に黒染の。〃。けさより旅に出ふよ。けふ出てあすをもしらぬ老の浪。帰らん事もかた糸の。又あひがたき我宿の。柴の庵のしば〃も。おしきは今の名残りかな、〃》、
{ワキ詞}〽さても我鞍馬に参り仏前にて祈念をいたし。心しづかにやすらはばやとおもひ候、
{シテ}〽はる〃゛是迄の御光臨誠に妙なる御利益なり。此仏前に祈念し給へ。さあらば名帳をたまはり諸仏をすゝめ申べし、〽げに有がたき仰かな。とてもの御事に。諸天諸仏を残りなく。此名帳に入たまへ。さて〃かやうに承る。御身はいかなる人やらん。
{上カヽル}《御名をなのり給べし、
{下カヽル}〽誠は我は是。
{同}〃、この寺のあるじの。大悲多門天、慈悲心を守りて寿福のめぐみあまねく。十方の神〃三世諸仏もらさず。此帳にあらはしゆづうの御名をひろめんと。名帳ををつとり仏前にいらせ給へば。光は余所に有明の。月は御堂の上に残りて。内は鞍馬寺の、内陣にいらせたまひけり、〃、〽御殿たちまちめいどうし。〃。日月光雲晴て。山のはいづるごとくにて。あらはれ給ふふしぎさよ、〃、
{一セイシテ}〽古山がゝたる雲の上。寿福円満の声みてり、
{上地}錦の御帳かけまくも。かたじけなやな、悲願の御声、〽称名の御法後夜の鐘の音、
{上同}ひゞきぞまさる実相のあらし。あらたに現じおはします、
{シテサシ}〽我聖人の悲願をうけ。三千世界を三日のうちに飛行し、
{下同}神祇冥道ならびに三世の仏名残りなく。此巻物にしるす。ちやうらい弥陀大覚、世尊無量寿仏。今日域に来迎引接。其名を良忍聖と名付たてまつる、
{クセ}ぐんるいの衆生を西方極楽に引接せんとちかひ、融通の名帳を和国にひろめ給へば。諸仏もおうごし諸天も納受す。とり分じちいきは神国なれば。大小の神祇かんおうをたれ、融通の。名帳にのりうつり、五衰三熱をたすく、
{上}とりわき神風や。伊勢いすず川清きながれにかけ移る。天照おほん神をはじめ奉り。六十余州の神祇冥道は。のこりなく王城の鎮守には。稲荷、祇園、賀茂、貴ふね。八幡大菩薩。本地は弥陀の御ちかひ。此念仏に御納受、善哉也ぜんざいとて名帳礼したてまつる、
{上ロンギ地}扨其後は地獄道。無縁無悪の。十王に至る迄此名帳にいるとかや、
{シテ上}せしやうのきどくあらたなる、娑婆にその名をあらはして、
{地}〽衆生済度の六の文字、
{シテ}〽名は一声の内なる、
{地}〽十王の数をよみ上る、
{上キリ}〽先一番にはゑんまぐう、
{上地}〃。殊に地獄の頭上成とて、毘沙門天に。表を合て、此名帳に名をのする、
{シテ下}〽問に答ふ天輪王、
{下同}問に答ふ天輪王。是又弥陀の誓願なれば。歓喜利益の名帳にうつし、其外みやうくはんみやうしゆ。ないし恒沙の悪鬼迄。此名帳に験のせ。上人に返し。奉り。其後威光の姿を顕し、仏法守護の。悪魔がうぶくの鉾を横たへ。寿福円満の多門天王、げに有難きちかひかな》