三百番本「廣基」

16-2 廣基

{アキノリ}か様に候者は。奥州の住人つがるの太郎時則にて候。扨も某が一族に。つがるの六郎廣基と申者の知行隣郷に候処に。安原の豊後守と申者、違乱仕候により。彼廣基罷こし。其違乱故なき由申候処に。子細におよばず召とられ。籠舎の身と成て候。一族の事に候間、口おしさ申ばかりなく候。去ながら合戦に及び候はゞ。廣基やみ〃と誅せられ候はん間。皆々召あつめ談合せばやと存候。皆々渡り候か
{ヲク}〽御前に候
{トキ}〽談合申べき事の候、いづれもかう渡り候へ〽畏て候〽扨も六郎廣基が事は候。口おしさ申ばかりなく候。但某かけ合矢一筋射かけん事はやすけれ共。左様に候はゞ。則六郎はやみ〃と誅せられん事。其曲あるまじく候程に。所詮如何様にも計略を以て。彼者を取返さばやと存候はいかに〽げに〃左様の御了簡尤然るべく候〽扨々いかやうなるはかりごとをもつて、やす〃と取返し候べき〽皆々御存分を御異見あらふずるにて候。先某は急度案じ出したる事の候。此比世上にもてはやし候は白拍子にて候間。然るべき女を白拍子になされ。ちいさき刀をかくし持せられて。彼安原が館へつかはされ候べし。彼者は女に心をめでたる者にて候程に。定て対面仕候はむずる時、酒をすゝめ。酔ふし皆々油断仕候はんずるひまに。夜更て彼女籠中へ刀を渡し。いましめをも籠のくはんぬきをも切折出給はゞ。則我等をの〃路次迄行向候べしと。かたく仰合せられ候べしと存候
{トキ}〽実々是は尤の御了簡にて候。さらば是に定めうずるにて候〽然るべう候
{トキ}〽《いざ〃さらばと兵は〽其はんゑきがはかりごとにも
{上哥同}をとらじ物と白ま弓。〃。やたけ心もひとしほに。おそろしやゑみのうちなる其かた な。心にこめておほかりし。此偽や頼むらん、〃》
{安原}〽是は奥州の住人。安原の豊後守秀房と申者にて候。爰に同国の住人。つがるの六郎廣基と申者。がうきをいたす子細あるにより。からめとり籠舎せさせて候。彼者大がうの者にて候間。籠中の番の事堅申付ばやと存候。誰か有
{ヲカシ}〽御前に候〽彼籠中の番の事、油断なう皆々仕り候へと。かたう申付候へ〽畏て候
{女}〽いかに案内申候
{ヲカシ}〽案内とはたそ
{女}〽さん候。是は此国の白拍子にて候が。承及候てはる〃゛是迄参りて候。御心得を以て見参に入て給はり候へ
{ヲカシ}〽委細承候。暫御待候へ。御見参あらふずるは存ぜね共。申入て見うずるにて候
{女}〽然べきやうに頼み参らせ候
{ヲカシ}〽心得申候。如何に申上候〽何事ぞ
{ヲ}〽案内申さうずると申候程に。罷出候処に。頓て此国の白拍子にて候が。殿様の御事を承及て。御礼の為に 参りて候が。私が心得をもつて御めにかけてくれよと申候〽いかやうなる者ぞ
{ヲ}〽まへ〃かなたこなたより参りて候よりも。是は一段みめかたちもうつくしき白拍子にて候〽用心をいたす時分にて。誰にても見参申さね共。はる〃゛来りたらばそとあふて。一のませ申さうずるにて有ぞ、こなたへめし候へ
{ヲ}〽畏て候
{シカ〃}きこしめされ候ぞ御前にて一御うたひ候へ
{上哥女}〽《すききにし程をば捨つ今年より。千代はかぞへんすみよしの、松にぞ君が命をも。何れ久しとかぎらむ、〃》
{安} 〽近比おもしろううたふて候な。とてもの事に面白ひ小哥をうたふて。そと一さし舞を所望し候へ
{ヲ}〽畏て候。なふ〃事の外の御機嫌にて候。とてもの事にけうがる小哥を御うたひ候て。そと一さし御舞候へ
{下哥}〽《花すり衣立よる浪の川ぞび柳の糸ながき。春のまとゐもさま〃゛の。りうにひかるゝ盃も。くるり〃。くる〃くる〃。くる〃〃。くるり〃、くる〃〃とめぐるもをそき春の日の、くもらぬ御代ぞめでたき
{シテサシ}〽まうこしんさんにある時は。はくじうをのゝき。かんせいのうちにある時は。尾をうごかしてしよくをも とむ。さばかりたけき心もいま。こつにくつかるゝ籠中の。思ひのやみをいかにせん》
{女詞}〽いかに籠中へ申べき事の候
{ヒロモト}〽すでに此夜も深更の。人音絶て閑なるに。ひそかに女のこゑは。いかなる人にて有やらん
{上女}〽《是はつがるの太郎時則の御使に。白拍子 と成て来りつゝ。》
{詞}豊後守に酒をすすめ。各酔ふし給ひける。
{カヽル｝《其隙なれば参りたりと。ろうのあたりの戸をあけ見れば
{上同} 千筋の縄もさま〃゛の。さもおそろしきいましめに。心もきえ〃゛と。むねうちさはぐばかりなり。かくてあるべき事ならねば。時刻を移さじと。さばかりかくし持たりし。刀をぬいで立より。皆一同も御迎に。来り給はんとばかりを。云も程ふるいましめを。きりとけば其時に。刀を取て水鳥の
{上}たちあがり則大ぜいりきの。ちからをいだし。くはんぬきを押切ゑいやとをされ。ごろく もくだけて四方へのけば。かしこにはしり出、かゝる情はおほいその、虎にもをとらぬ遊女をともなひ、どく蛇の口をのがれ行、〃》
{シカ〃}
{時則迎衆}〽や、さればこそ、あれ〃見給へ人〃よ。彼白拍子をともなひて。廣基是へ来るぞや
{上哥同}《是や胡国に移されし。蘓武を二度古郷に取かへしし、やうりが涙も今更思ひ白雲の。たちかさなれる巌分て。いそぐ心もいさみ有、〃》
{トキ}〽いかに申候。はや山中をばつぐんに分こして候。あら目出度や。今は我人の本望是に過ず候
{ヒロ}〽仰のごとくかゝる御芳志申つくしがたふ候。か様の御武略は。しかしながら八幡大菩薩の御かごとこそ存候へ。先々此女を必世にたてふずるにて候
{トキ}〽げに〃ゆゝしきはたらきにて候。頓て褒美いたし候べし。心安く思ひ候へ。たれかある〽御前に候〽此者を乗物にて静にさきへ返し候へ〽畏て候
{トキ}〽こ なたへ渡り候へ。事の外の難所にて候。こなたへの道へ渡り候へ
{シテ}〽承候
{トモ衆}〽いかに申候。廣基をうちとめ申さんとて。猛勢をもて跡より谷々嶺々をわかつて。ときをつくりかけよせ来り候
{トキ}〽げに〃時の声聞え候。本より覚悟にて候。さらば此よきせつ しよにて候間。皆々あのかさへぢんを御取候へ
{シテ}〽承候。先々廣基具足をめされ候へ〽心得申候
{シカ〃}いかに太郎殿へ申候。此合戦も我等故の事にて候程に。先某まつさきに討死仕候べし。皆々は。此山をかたく御もち候へ。我等はかけむかひ一合戦仕らふずるにて候〽仰は去事にて候へども。たゞ某に御まかせ候へ。さすがに数度の合戦こう。あはで給はゞ。利をうしなふべし。時則が下知にしたがひ給はゞ。皆々に高名させ申さん。只此山をかたく御持候へ〽げに〃仰もつともにて候
{一セイ寄手}〽《さそひ行。花を 嵐の遠近も。霞へだてゝ。まてしばし》
{トキ}〽御覧候へ、向ひの嶺へ。軍勢を打上 て見え候。かまへて聊爾にこなたより御かゝり候な。唯此山迄敵のつかうずる間はひつしとしづまり。此岸へ責あがらん時。ゑいやと云をあひ図にて。一度におろしあはせつゝ。あの谷へ悉切はめ候べし〽尤にて候
{トモテキ}〽あれ〃廣基が勢を見かけ。一定合戦をせうずると見えて。ちとものかず、よきせつ所に陣を取かため。ひしとしづまつて見えて候。先々こなたより言葉をかけふずるにて候〽然べう候〽いかにつがるの六郎殿。まさなくもあげま きを見せ給ふ物哉。
{カヽル}《心はしるや荒。（※原文ママ）磯波の。かへせや〃と。よばはりけり》
{ヒロ}〽其時廣基すゝみ出。今ぞ無念のいきどをりを。是にてはらさん来り給へと。
{カヽル}《扇をあけてまねきければ
{上同}我も〃とめん〃に。〃。はるかの谷峯がんせきを。しのぎのぼつてこなたの岸へ皆一同 にぞかゝりける
{下シテ}〽ひろもとはてうきのごとくに、
{下同｝〃。ゑいやと大勢おろしあひ。しのぎをけづゝてたゝかひければ、さしもにすゝみし兵も。はるかの谷へ切落されて、一騎も残らず失にけり
{太コアリ}
{上同}やす原是を見るよりも、〃。かしこの巌より横あひに。廣基をめ がけてかゝれば。主君をうたせじと。表にすゝむ若武者の。まつかう打わり廣基にむかへば。このむかたきと太刀取直し。つめつひらひつたゝかひけるが。打物なげすてむんずとくんで。ゑいやとなげふせがゞたる谷を。上になり下になりころび落て。やす原ををしつけくびかききつて。ひつさげ出ゆくみ谷の水の。なはめのはぢをばかうこそすゝげと、かちどきつくつて帰りけれ》