五百番本「根芹」

20-1根芹

{次第}〽《直成御代の政事。〃。草木もなびく春べ哉》、
{ワキ詞}〽抑是は義満公の執事細川武蔵守頼之也。扨も君政道正敷ましますにより。国々よりの捧物限りなき事に候。中にも根芹を献上仕る者の候処に。是は古例もなく殊に異国本朝の珍薬にもあらず。水田野径に生る物を。事々敷披露あれと呼事よ。当番の者共しかりのゝしる由承候。泰平の験兆たる事を弁へず。此由申付ばやと存候。いかに誰かある、
{ヲカシ}〽御前に候、
{ワキ}〽芹献上の村老参りてあらばこなたへ申せ、
{ヲカシ}〽畏て候、
{一セイ二人上}〽《見渡せば。玉をかざれる甍にて。巍々たる今の御殿哉、
{ツレ二句}〽来る春毎に捧げゆく、
{二人}心も永き。根芹かな、
{下歌}君が代の豊かにすめる政事、
{上歌}長き根芹の恵みある。〃。今此時ぞ頼もしきかゝる野人に至るまで。かく献芹を奏す事治まる御代のしるしかな、〃》、
{シテ}〽いかに申上候、例のごとく根芹を献上仕候、
{ヲカシ}〽心得申て候、芹献上の者共参りて候、
{シカ〃}
{ワキ}〽此方へと申せ、いかに方々奇特の物を捧るに依て。君も御機嫌なゝめならず。定て献芹の故事を。よく存てや献ずらん。謂を念比に申せとの御諚也。疾々申上候へ、
{ツレ}〽仰畏て承り候。かゝる仁政の。慶賀目出度御代なれば。恐れながら献上申候、
{シテ}〽我おろかなる心にも。君を祝ひの狂歌なりと。執事に短冊たてまつれば、
{ワキ}〽頼之請取よみてみれば。
{下}《君が代の豊かにすめるためしには。長き根芹の。恵み成けり》
{ワキ}〽荒面白と詠ぜし歌や。猶も献芹の謂懇に語り候へ、
{シテ}〽畏て候、
{クリシテ}〽《夫尭の代には麒麟出現し。鳳凰も来儀すといへり、
{上同}それは聖王成ゆへに不思義の瑞験あらはれたり。末世に至つて野径に多き一籠の根芹は君徳をことぶき御代長久と嘉例賞する政事なり、
{サシ}〽昔時周の文王未。西伯にておはせしとき。仁政を行なはれ。
{同}仁徳たちまち昆虫に於て。窮民徳を感じて。一杷の水芹を奉る、
{シテ下}〽是則聖主国を堅ふし、
{下同}恩沢民を撫。仁政心をくだく処なれば文王叡感斜めならず。是より周の治世。七百歳を保つとかや、
{下クセ}又唐土。楚国のかたはらに。大賞といふ民あり。ふかく二親に孝行なり。或時大賞父母の年老て。立居苦しく見えけるを。明暮歎き悲しみて。高き峯にのぼりつゝ。諸天三宝に祈誓して老たる親を二度若やかになし給へとかんたんくだき祈りけり。其孝心や通じけん。帝釈天はあまくだり実孝行の心ざし。ふかく感じまし〃て薬をあたへ給ひけり、
{上シテ}〽此御薬と申は。
{同}須弥の南に羽を休む。伯迦鳥といふ鳥あり。長命成事一千歳。此鳥春の始めに。七種の草をふくせり。其草の品々は先一番に根芹なり。二番には薺草。五行多辺良子仏の座。篠菜すゞしろ摘あつめ。睦月七日の曙に喰初る物ならば。若やかに成べしと。教への侭になす薬の。忽ちわかやぎ寿命百年たもてり、
{上ロンギ地}扨しも御身誰なれば。〃。斯も委き物語。曇らぬ御代を請て知る。人の心ぞゆかしき、
{シテ上}〽一河の流れ汲てしる。君と神とは隔なき。其理りぞ頼もしき、
{上地}猶老人は常ならず。分きてゆへある言の葉の白木綿かけてきかまほし、
{シテ}〽折からなれや花の色、
{上地}聞も妙なり、
{シテ}〽うぐひすの、
{下地}声に誘引せられしも。時えて神の告なりとゆふしでの。田長と見えつるが。霞に紛れ失給ふ。跡も見えず成給ふ》、
{中入}、
{ワキ上歌}〽《実今とても神の代の。〃、御すゑはあらた成けりと。いへば虚空に音楽の。月に聞えて光さす。気色ぞあらたなりける、〃、
{後シテ一セイ上}〽有難や治まる御代のならひとて。山河草木穏やかに。吹風までも枝をならさず。天が下照日のひかり。曇らざりけるときとかや、
{太鼓打上ノル}
{上地}不思義や雲の中よりも。〃。誠に妙なる御声を出し御代を守りの神の御姿。あらはれたり、
{ワキ上}〽荒有難の御事や。かゝる奇特にあふ事も。たゞ是君の御影ぞと。感涙袖をうるほせり、
{シテ上歌}〽いさ〃さらば夜もすがら。
{上地}〃。舞楽を奏し悦びの。管絃をなして遊ばんと秘曲を尽し。拍子を揃へて夜遊の舞楽は面白や、
{楽舞アリ}
{シテ}〽尽せぬ都の花盛。
{下同}〃。東南西北も音せぬ御代の威光も高くこずへもゆるがず長閑なる。春の夜も明行空の。霞に紛れ雲に打乗神はあがらせ給ひけり。実有難や神風も。実ありがたや。神風もはるの風の。治まる御代とぞ成にける》