四百番本「西宮」
16-1 西宮
{次第}《道ある御代の時とてや。〃。国々ゆたかなるらん》
{ワキ詞}〽抑是は壬生の中納言実方とは我事也。扨も摂津国西の宮は。霊神のよしうけ給り候間。この度君に御いとま申。唯今西の宮に参詣仕候
{上道行}《有明の月の都を立出て。〃。淀山崎やあくた川。ちり吹ながす山風のけふも暮行都路の。一（ト）夜のとまりこやの宿。かたぶく月の西の宮。春も名残のけしきかな。〃、》
{詞｝急候程に西の宮に着て候。心静に参籠申さうずるにて候
{シテサシ｝〽《おもしろや、ぼくどうのかんてきは。うしによつてふく
{ツレ｝〽漁夫の夕べのふねは浦をわけていそぐ
{一セイ｝風はくらうをひるがへせば。花せんべんの。春のつり
{ツレ｝〽遠浦の帰帆ふく風の。空も長閑に。うかぶなり
{サシ｝〽夫釣をたるゝものは魚をえず。空にふようの情ありといへども。是ほど魚のくはぬ事よもあらじ。よく〃思へば此沖は。はやとも近きあら波の
{上哥｝さき〃も魚はくはぬなり。〃。日影かたぶく夕あらし、高砂すまの釣人も。おなじなだ船漕つれて。家路にいざや帰らん、〃、》
{シテ詞｝〽神に魚をそなよふずるにて候
{ワキ詞｝〽ふしぎやな、是成翁を見れば。神に魚を手向候よ。いかに翁。何とて神に魚は手向候ぞ。かゝる物もしらぬ事こそ候はね
{シテ｝〽神は魚を手向る謂の候、語て聞せ申候べし。夫君子はわかけれども、高位にのぼる。世そんは老ぬれども、かうゐをくだる。所の神の御事をば。あがむる者のしるべにてもや候覧
{ツレ｝〽《殊に当社の御事は。慈悲じんぢうにまし〃て》
{シテ詞｝〽大千世界のうろくづまでも。縁をむすばむ御ちかひ
{二人上｝《此年までも此所に。すみ来りたる老人を
{下同}物もしらぬとのたまふは、あら心せばや人により。神によりたる御ちかひ。いやしき我等より、そなたこそ物はえしらね》
{ワキ詞｝〽猶々当社の御謂懇に御物語候へ
{上同｝《さても当社と申奉るは。かたじけなくも、いてきついたうの御ために。西にむかへる。かんだちなり
{サシ｝〽神功皇后。しんらをせめさせ給はんとて。
{同｝龍宮に使者をたて。干珠満珠をかり給ひて。異国にむかひ、さばかりの。多勢のがうてきたりしかども。二つの玉の徳により、しんらをたやすくほろぼして。やがて宝珠を龍宮に返しをくらせ給ひけり
{下クセ｝彼龍宮と申は。百王ちんごのちかひにて、猶しもせいしゆおこるべし。がうぶくの其為に一くはの玉を奉る。剣珠と是を名付て当宮にあんちし給へと、しんやくありてをくりける
{上}〽抑けん珠と申事は。水精の玉の内に。一つの利剣おはします、名珠は何とめぐれ共。中にまします御つるぎの。みさきは西にむかふなる。しんらたいぢの玉ほこの。彼玉殿のにしのみや。よく〃おがみたまへや
{ロンギ地｝ふしぎなりとよ、かた〃は。たゞ人ならずおもふなり、御名を名のりおはしませ
{二人上｝〽かんがうさんせきの。つるぎのひかり、この神に
{上同｝たま〃参詣の。ありがたければ、あらはれて。国をまもりの代のつるぎ。かさねてまみえ申さんと御殿の。戸びらをおしひらきて、うちにいらせ給ひけり、御殿にいらせたまひけり
{天女上｝〽有がたや、神代のむかしを今こゝに〽うけよろこぶや、ひもろぎの〽めぐみもうづののひろまへに〽神官宮人〽座をつらね
{二人｝しんじゆのへいはく、きゞのさんまい
{上同｝さか木葉のや
{カグラ｝
{二人上｝〽千代の御神楽
{上同｝千代の御神楽いくばくぞ。〃。はなはしらゆうふ、まつはいく千代神かぐら。千はやのそでや。神あそび。かゞみもたまの。くもりなき世を、なにとかはやさむ、おもしろや
{マイ｝
{上同｝はやせやはやせ龍神まつり。〃。謹請とうめい、しゆごの龍神謹請なんかい龍神八部。謹請さいはうこくたい龍王、謹請ほつぱうはくたい龍王、もゝ世のすべらぎをまもりたまへや、まもりたまへと。へいはくをふりあげ、いのりければ。御殿しきりにめいどうして。あらはれたまふぞ、かたじけなき
{ワキ中ノツト｝夫せいしゆたいぢの其ために。この秋津洲に跡をたれ。衆生のめいあんをまもり。国家おだやかなるところに
{下同｝これまでの参詣の。〃。ありがたければ。みやこ人に。ほうじゆをさゝげつゝ。いざや猶もなぐさめむと。とるや左右の神の露、舞楽をそうして舞給ふ
{ガク｝
{上同｝かくて舞楽もときすぎて。〃。月もかたぶく西のそらの、沖のしら波さゞめき渡るは、下界の龍神の出現かや
{ハヤ太コ｝
{上同｝龍神海上にうかびいでて。〃。かのまれ人に奇特を見せんと。干珠をうみにしづむれば。千里はさながら雪をしいて、浜の真砂は平々たり
{下｝〽さてまた満珠をしづむれば。
{下同｝〃。よせくる波も極楽の。岸打波にたぐへつゝ。まつ風もさつ〃と、夜もあけがたに。なり行ければ。龍神は則海上にうかんで。波をけたて。うしほをかへし。そのたけ千尋にかたちを見せて。そのたけ千尋にかたちを見せて。波をわけてぞ、入にける》