四百番本「武文」
04-2 武文
{次第}《定なき世の中〃に。〃、うき事や頼なるらん》
{シテ詞}〽か様に候者は。左衛門のふしやう秦の武文と申者にて候。扨も一院のみやす所。土佐のはたへ御下向にて候程に。我等も御供申唯今罷下候、
{上哥}〽《淀舩や夜深き月に旅ねして。〃、美豆のみまきのあら駒の。あしに任て行程に。はる〃゛成し舟路へて。難波がたにも着にけり、〃、》
{詞}急候程に。津の国此あたりは尼が崎大もつの浦にて候。宿をからばやと存候〽是は九州松浦のなにがしにて候。我自訴の事あつて在京仕。訴訟こと〃゛く安堵し。よろこびのまゆをひらき。本国に罷下候。是にて順風を待候。餘り徒然に候間。浦に出て一見せばやと存候、
{シカ〃}
{上地｝《此儀尤いはれたり。〃とてならびの家に火をかくる》
{シテ｝〽何と申ぞ。浦へ夜盗が入たるげに候。先こなたへ御出候へ。是に大舟の候、是にあづけ申さう。いかに案内申さう
{マツラ}〽たそ
{シテ｝〽さん候思召よらぬ申事にて候へども此御舟へ物をあづけ申たう候、〽安事にて候、但何辺の者にて候ぞ、
{シテ}〽さん候、是はこよひ此浦にとまりたる旅人にて候が。此所へ夜うちをうつて候とて。以外ぶつそうに候、火のしづまらん程人をあづけ申度候、〽安事それにのせ申され候へ
{シテ}〽あらうれしや是へめされ候へ。火しづまつて頓て迎に参らふずるにて候、
{一セイ}〽《舟子を下知し、いかりを上て。奥に舟をぞ。出しける》
{タケブン}〽さればこそはやしづまつて候。頓てむかひに参らふ。あらふしぎや、さて此舟はいづくへか行て候らむ。なふ〃是に候し舟ばし御知候か、〽あふ其舩はつくし松浦殿の御舩にて候。近年在京めされ候が。此二三日都より御下候て。此所に御逗留候処に。一院のみやす所。土佐のはたとやらんへ御下候を見申され。是はながされ人の御ゆかりなれば。何かくるしかるべき。うばひとり申さうとて。色々のはいりやうどもをなされ候処に。運のつくる事は所こそはおほきに此松浦殿の舟へ宮す所をあづけ申されて候ほどに。天のあたふる所と仰られ候て。其舟は早とつくに出て候。去ながら大舟□(「に」が入るべきところだが、文字欠け）て候程に未見ゆる事も候べし。あれ〃あんの雲すきにはしるがそにて候、
{シテ}〽是を小舟に乗てをはゞをひつかうずるか、〽押様に依て詞をかくる程はをつつく事も有べく候、
{シテ}〽さらば此舟にのらふこいでくれ候へ。追付て唯一詞物を申てもどらふずるにて有ぞとよ〽こいでまいらせたうは候へ共。某はそうじて舩こいだる事は候はぬよ、
{シテ}〽此浦に住ながら舩こがぬとは何事ぞ。惣じてはじめよりちと不審に思ふ所に。こぐまじひと申か。扨は松浦と同心の者。やいこげとこそ、〽あふ某はいやしき者にて候程に。いかやうにもめされてもくるしからず候。此所にて左様のかうきを御さた候ては御命をば何とめされ候べき、
{シテ}〽本より松浦とさしちがへんも。又汝をがひして腹きらむも同じ事よ、〽なふいかやうの事も自然たのむぞなどゝ承候はゞ。何とも了簡仕るべく候得共。左様にちやうちやくめされ候はゞ。たとひいかやうに罷成候共ふつに聞まじ〽扨はたのまば漕べきか、〽夫は何とか候はんずらん、
{シテ}〽某あやまつて候。ひらにこいで給り候へ、〽さらば何とて以前より左様には承候はぬぞ。涯分こいで参らせうずるにて候
{一セイ｝《よせかくる。波の追手の風しばし、
{松浦同}〽知ぬよしにて力をそふれば、
{タケ}〽心計はいそげども、
{上同}をそしや〃をひての舟の。よすべきやうなき。小舟かな、
{上哥}松浦は是を見るよりも。〃、ろを立そへてをす舩の。程遠ければ。をつつくべきかと一度にどつとぞわらひける、
{上}武文安からず。〃、今はかなはじいでさらば。悪霊となつて忽。其舟をとゞめんと。さも高聲によばはりつゝ。腹かき切て。海中にとんで入。げにおそろしき有さま哉、〃、
{シカ〃}
{上同ヲン}酒宴をなしてとり〃゛に。〃さす盃をめぐらすや。てん雲をおさまりて寒暑時をたがへず。四海波しづかにして風雨枝をならさず、
{サシ}あまりの事の悲しさに。みやす所のめされたる。御きぬを給はり海中に入。皆きせいをぞ申ける。
{上}南無や本国松浦の氏の神。ねがはくは二度。古郷にかへし給へと。さにひあひたる計なり、
{後ヲン}〽いかに松浦。其舩しばしこぎもどせ。さるにてもよしなかりける汝が心。今更に誰をうらみんくずのはの。かへるむくひのある世とは。かねてしらずやおろかなり。因果はめぐる小車の、
{上地}〽潮の中よりうかび出たり、〽姿こそ有しに。かはるとも、
{上同}本の執心たち帰る波の。うへにうかべる手向のきぬの、うらめしながらもなつかしや、
{下}〽こぎ行舟をしたひ侘。
{下同}〃て。身もいたづらによはりはてゝ。ひれふしこがれし松浦舟。今はいづくへのがさむとて。取つき引とゞめ、くつがへさんとはおもへどもさすが主君の御座舩なれば。よしうかりつる。松浦のうらみをなさむとて。舟に飛うつり、ふしたる松浦をひつさげつゝ。しばしが程は。さいなみ、くを見せ、其まゝ海に。しづむと見えしが。又うきあがりて潮にたゞよふをんりやうのかたち。うしほにたゞよふ怨霊の形は。跡しら波とぞなりにける、》