四百番本「住吉詣」
7-3住吉詣
{ワキ詞}抑是は、摂州住吉の神主。きくの何がしにて候。扨も此比都におゐて。ほまれならびなき光源氏。さる宿願の子細有により。当社御参詣と仰出されて候程に。社人どもを召出し。社内をもきよめ。皆々其心得をなすべきよしかたく申付ばやと存候、
{一セイ}《〽小車の。ながえもつゞく都路の。すぐにおさまる。時代かな、〽是は今上桐壺の御宇に。誉世にこえ威光くもらぬ。光源氏にておはします。扨もこの君たのみをかけし。住吉の神に所願をみてむと、
{ツレ同}けふ思ひ立旅衣。うすき日影も白鳥の。鳥羽の恋塚秋の山。すぐればいとゞ都の月の。面影へだつる山崎や。せき戸の宿も。移りきぬ、
{下哥}はらはぬちりの芥川、ゐなのさゝ原分過て、
{上哥}み渡せば、うす霧まがふそなたより。〃。ほの見えそむる村紅葉。是やかた野にかり暮て、春みし花のそれならん。なをゆくさきは渡辺や。大江のきしによるなみも。音たちかへて住吉の。うらはになるも程ぞなき、〃、
{源氏}〽聞しにこえて、いよ〃有がたき。神のちかひもいさぎよき。浦はの波のみづがきの。久しき御代をまもり給へ、
{上哥}日の本の、神のちかひはおしなべて。〃、和光同塵はけちえんの御はじめ。八相成道は利物のはてしなきまで国とみ。民をあはれぶ御心を、誰かはあふがざるべき、〃、》
{コレミツ}〽さあらばのつとをそと参らせられ候へ、
{ワキノツト}〽《いでいでのつとを申さんと。神主御へいをさゝげつゝ。すでにのつとを申けり、
{上}謹上さいはい。うやまつて申、神慮をすゞしめの神楽。八人の八乙女。五人のかぐらをのこ。さつ〃のすゞの音。ていとうのつゞみの声聲にうたふ。柳葉の神歌いく。久堅の天地太平。諸人けらく。福寿円満にまもらしめ給へや。抑たつる所の諸願。成就皆令満足。有難や、
{上哥同}きしかたの、御願になをもうちそへて。〃、さも有がたき神慮の納受も。かくやとかんるいきもにめいじけり。いよ〃よろこびのおさかづき。神主にたびければ。折ふし御供に河原の。おとゞの御れいとて。内より給はれる。わらはずいじん其時に。おしやくに立てなぐさみの。いまやうらうゑいす、
{ワラハ}〽一樹のかげや一河の水、
{上同}みな是他生のえむといふ。しら拍子をぞかなでける、〽我見ても。久しく成ぬ。住吉の。きしのひめまつ。いくよへぬらん、
{同}千世万代の舞の袂。千世万代の舞のたもと。いよ〃めぐるさかづきの。有明になる興津舟の。ほの〃明る住よしの。うらより遠の淡路しま。あはれはてなきながめかな、〃、
{一セイアカシ姫}〽明石がた。月待かたにゆく船の。波しづかなる。浦づたひ、
{上哥同}舟出せし、うしろの山の山おろし。〃。関ふきこえて行程に。すまのうらはもいつしかに、跡に名残もおしてるや。なには堀江によるなる、波はさながらしら雪の、つもりの浦に着にけり、〃、
{明石姫}〽松原の、ふかみどりなる木陰より。花紅葉をちらせるごとく成。うへの衣々数々に。のゝしりてまうづる人かげは。いかなる人にて有やらん、
{コレミツ}〽是は都に光君。内のおとゞの御願はたしに。まうで給ふといさしらぬ。人も有けるふしぎさよ、
{姫}〽あらはづかしやひかる君と。聞よりむねうちさはぎつゝ。いとゞ心もうはのそらの、〽月日こそあれけふこの比、〽まうでこんとは、〽しらつゆの、
{上哥同}たまだすき、かけもはなれぬすくせとは。〃、思ひながらも中〃に。此ありさまをよその見るめもはづかしや。さりとてはうら波の。かへらばなかぞらに。ならんもうしやよしさらば。なにはのかたに舟とめて。はらへだにしら波の、入江にふねをさしよする、
{ロンギ地}ふしぎやな。有し明石のうら波の。〃。たちもかへらぬおもかげの。それかあらぬか船かげの、しのぶもぢずり誰や覧、〽たれぞとは。よそにしらべの中のをの。此音たがえずあひみんを。たのめをはやく住吉の。きしにおふてふ草ならん、
{下}〽わすれ草。〃、おふとだに聞物ならば。そのかねこともあらじかし、〽実なをざりにたのめをく。それ一ことも今ははや、〽有し契りの、〽えにしあらば、
{同}やがてのあふせも程あらじの。心はたがひに。かはらぬかげもさかづきの。たびかさなればこれみつも、めのとおしやくを。取々の、
{同}ゑいにひかるゝたはぶれの舞。おもはゆながらもうつりまひ、
{ヒメ}〽身をつくし。こふるしるしに。こゝまでも、
{下同}めぐりあひけん。えにはふかしな、 〽かずならで。なにはの事も。かひなきに。何身をつくし。おもひそめけん、
{下カヽル}〽たがひの心を夕しほみちてきて、
{上同}入江のたづも、こゑおしまぬほどあはれなる、折から人めもつゝまずあひ見まほしくはおもへども。はやこぎはなれて、行袖の露けさも。昔に似たる旅衣。たみのゝ嶋も。遠ざかるまゝに。名残もうしの。くるまにめされて、のぼればくだるや、いな舟の。ふなかげもほのぼのと、あかしのうらはの。舟をしおもひの。わかれかな》