三百番本「実検実盛」
01-2 実検実盛
{次第}《ひくや心もいさみある。〃、弓馬の道ぞたゞしき、
{サシ義仲}〽扨も此度木曽義仲。ぶようの誉時をえて。おごる平家をほろぼさんと。思ふ心は君の為、
{ツレ}〽又家の為命をかろんじ。となみくりから追落。篠原の合戦に打勝て。よろこびの道をなすとかや、
{上歌}げに是とてもわたくしの。〃。心なければをのづから。神明ぶつだなふじうの。朝家を守御めぐみ。実天道のくもりなき。道はたゞしきためし哉、〃》
{義仲}〽いかにてづか、
{テヅカ}〽御前に候、
{ヨシ}〽此度合戦にうちとる頸の実検有べし、又ぶんどり高名の仁体に。皆々参れと申候へ、
{テヅカ}〽かしこまつて候。其由申て候へば。はや少々参て候、〽まづてづかの太郎が持参のくびをば誰か見しりて有ぞ、〽さん候、軍末にをよむで。敵陣より武者一騎懸出たる。それがし懸合むんずとくむでをさへ名乗〃とせむれ共、終に名乗ず、力及ず頸を取て候。日本一の功の者と風聞仕候、〽扨は功成ける者哉。義仲心には。長井の斎藤別当実盛かと思ふ也、
{地}〽《又赤地の錦の直垂は。如何様平家の公達かと。思へどつゞく勢もなくて》、
{テヅカ}〽只一騎にて懸入〃。おもひ切たる最期の体、
{上歌同}見ても聞てもゆゝしやな。誠に是ぞ名をえたる。中にも妙成一騎当千の兵かな。今名乗ずも其名をも。朽せぬ跡に残してこうせいをとめん心ざし実哀なる心哉、〃》、
{手ヅカ}いかに申上候。誠実盛が頸にて候はゞ。樋口の二郎は見しり候べし。かれを召て御見せ候へ、
{ヨシ}〽さあらば樋口にこなたへ来と申候へ、〽畏て候。いかに此御陣所は樋口殿の御陣所にて御入候か、
{ヒ口}〽誰にて御入候ぞ、〽本陣より急御参あれとの御事にて候、〽畏て候、〽いかに申上候。樋口が参候、
{ヨシ}〽こなたへと申候へ、〽畏て候。此方へ御参候へ、
{ヨシ}〽いかに樋口。此度てづかの太郎きひのくせ者とくんで頸をとつたり。義仲心には。長井の斎藤別当実盛かと思ふ也。汝は馴し事なれば見知て有らむ。一覧仕候へ、
{ヒ口}〽畏て候。うたがひもなき実盛がくびにて候、
{ヨシ}〽ふしぎやな実盛が首ならば。義仲上野にて見し時は。びんひげが白かりしが。いまは弥白髪たるべきか。何とてびんひげは黒きぞ、〽さん候是は墨に染て候、〽そも墨に染たるとはいかに、〽さむ候我〃は。古傍輩の事にて候し程に。実盛常〃申候ひしは。六十に余軍せば。若殿原とあらそひて。先をかけむもおとなげなし。又老武者とて人〃゛に。あなづられんも口惜かるべし。びんひげを墨に染。わかやぎ討死せんずる由。常〃゛申候しが。誠に染て候。《
{下｝あらむざんやな弓取の身とならば。誰もかうこそ有べけれ。是〃面々聞召せと、
{下歌同}涙ををさへ立のけば。御前の人〃゛も。あはれやさしやと皆感涙をながしけり、
{上歌同}実や常ならで。よのあはれさは人のみか。地をはしる獣。空をかける鳥類も。おんあひのかなしびしんしの恐しる物を。それには引かへて弓取の。情はたけき心故。思ふに付ても哀成心也けり》、
{ヨシ}〽いかに樋口、〽御前に候、〽まことに実盛が頸ならば。あれなる池にてあらひて見候へ、〽畏て候、
{ムシヤ ツレ}〽《其時御前の人〃゛をはじめとして。跡陣の軍勢もろともに。是を見事と我も〃と御陣にこそは参けれ》、
{ヒグチ}〽其時樋口思ふやう。若も此事見そんずならば。いかゞはせんと思ひながらも。
{カゝル}《御前を立て頸を持、
{ツレ}〽池の汀の波まのあしの、
{ヒグチ}〽所によれば物の名も
{地}〽爰にて替る篠原の、
{下ヒグチ}しのにをりはへ、
{下歌}ほすは衣の、
{上同}袖をひたしてあらひて見れば、本より染たるびんひげなれば、あらへば浪も墨ながしの水の緑のかみはさながら雪霜の。びんひげしらがにおい武者の。実盛成けるぞや、是〃見給へや人々、げに上代も末代もかゝるためしや有べきと。皆一どうに感じつゝ、時にとりての高名と。ゆゝ敷樋口をも誉ぬ人こそなかりけれ、
{下曲}むざんやな実盛が。其外に申せし事、思ひ出られて候ぞや。一年平家大勢東国に向ひたりし時。水鳥の羽音におそれのぼりし事。我見独のちじよくとは。誰かおもはんさりとては。げに口惜き次第也。哀いづくにても。今度の合戦に討死し。名を後代にあぐべきと。申せし言葉はおもくして。命をかろんずる心のうちぞあはれなる、
{上}然者此たびたゝかひの。せめ一陣にあらね共。時刻至来の年積、老をばかへす梅がえの。其花笠の験だに、さもみやびたるよそほひの。錦のひたゝれも、たぐひなき家名をとめんとの。其出立とおぼえたり、
{上地}是迄なれや人〃゛よ。みな陣〃に帰れとの。御下知なれば其時に、
{ヒグチ下}〽今度の勝軍。
{同}〃。只是しかしながらも、天下あんせむのはじめの御盃をはじめんと。樋口の次郎御しやくに、
{ヒグチ上}〽立まふ鶴のつばさの舞、
{地}〽は袖をかへし。まふとかや、》
{ヨシ}〽いかに樋口、〽御前に候、〽今は義仲がめでたきみぎん也。只一さし舞候へ、〽有がたし、〃。ぶりやく様々多けれ共。《
{下}敵をほろぼし世を治る。ぶんぶは是左右 の袖、
{地}〽天下泰平。げんじやうらく、
{ロンギ地}あら有難の舞のてや。泰平楽といふがくは、
{シテ}〽敵をほろぼす剱也、
{上地}〽げんじやうらくはいかにや、
{シテ}〽じやをとつてみやこに帰るまひ、
{同}げにみやこにかへるも泰平成も。只今時に叶ひたりけりあら有難やと舞納め。しづ〃と退散申て。我本陣にぞかへりける、〃》