四百番本「斎藤五六代」

12-4 斎藤五六代

{斎藤五詞｝かやうに候者は。小松の三位の中将惟盛の御うちに。斎藤五と申者にて候。扨も惟盛西海へ打立給ひし時。我等兄弟を召れ六代ごの御事を。我等兄弟にあづけをかるゝ。野の末山の奥迄も御行ゑを見届申せとの御諚に任。某兄弟は都にとゞまりて候。又我君の御祈の為に王城の鎮守へ日参仕候。又只今も参り候
{サシ｝《有難やしやくさいりやうせん妙法花。今在西方名阿弥陀。娑婆しけん観世音。三世利益同一躰。げに有難き。ひぐはん哉
{上歌｝じげんし衆生悉くちかひあまねき日の影の。くもりなきよの御ちかひ彼の世かけえたのむなり、〃
{下｝南無王城の鎮守。六代の御ゆくゑを。安穏にまもらせ給ひ候へ》
{斎藤六｝〽いかに人々此さきへ斎藤五はし御とをり有けるか。何祇園へ社参と申か。やがて参候べし。や。是に御座候。いかに申べき事の候
{斎藤五｝〽あらこと〃しや何事にて候ぞ
{斎藤六｝〽さても此暁時政大将大覚寺へ押寄。我君六代ごをめし取関東へ下向仕て候〽言語道断の事。是は兼てより覚悟の前にて候へども。さて何と仕候べき〽いやさやうに延〃にては叶ひ候まじ。其為に是へ御笠はかせを持て参て候間。是より追かけ御参りあらふずるにて候〽さらば此所にて烏帽子をぬぎすぐに追かけて参御供申さうずるにて候〽尤然べう候
{斎藤五｝〽《扨有べきにあらざれば。きたるゑぼしをぬぎすてゝ
{斎藤六｝〽着なれ衣の旅すがたと〽はじめて成こそ〽かなしけれ
{上歌｝たがひに前後をあらそひて。〃、時政の跡を東国の。道をさしてぞ下りける、〃
{次第｝〽定なきよは中〃に。〃、うき事やたのみなるらむ
{二人｝〽実や命は朝露の。〃、ふかきや心なるらん
{サシ｝夫三界輪廻妄執久敷ろくしゆのちまたにめぐり。ふたゝび三途のいづくに趣く事ぞ。返々も悲しけれまうさうしよえんの有様。不断輪廻の里に生る。人如必滅の苦をうくる。しやうゑんの春の霞は。まんとくの月をかくし。一けのえんながく盡ぬ。いはんやかかる夢の世に。いつ迄とてか。迷ふらん
{下歌｝別路に今あふ坂の関越て。今相坂の関こえば都の名残やつきぬべき。暫こしをかきすへてたがひに跡をながめけり、〃》
{シカ〃｝｛斎五｝〽御覧候へ神なし森に當て人のおほく見えて候は。定てわが君六代ごにて御座あらふずると存候
{斎藤六｝〽実々疑もなき六代ごにて御座候。やがて御参候へ
{ワキ｝〽旁はいかなる人なれば事とはず御こしのあたりへはよられ候ぞ〽畏て候。是は六代ごの御めのと子斎藤五斎藤六と申兄弟の者にて候。少物詣仕間に。六代ごをとり給ひ関東御下向の由承候間。路次よりすぐに参て候。比度の御供をさせられて給はり候へ〽扨は承及たる兄弟の人にて渡り候か。去ながら御供の事は中〃はからひがたく候〽御意尤にて候へ共。時政の御心得にて御ともさせられて給り候へ〽実々仰らるゝも尤にて候へば。先今日斗御供あらふずるにて候〽畏て候。又申度事の候。何時にても候へ、六代ごの御最後のきはを我等にしらせられて給候へ。御かいしやくに参たう候〽心得申て候〽いかに誰か有〽御前に候〽六代ごの敷皮しかせ申西の方へなをし申候へ〽畏て候〽御十念南無阿弥陀佛〽しばらく。御最後のきはを我等にしらせられ候へと堅く申合て候が御失念にて候か〽げに御存なきは御断。関東下向の囚人をば。此神なし森にて殺害の刀とて。時のまなびにて有を御存なく候か〽実々是は承及たる事にて候。誠の御最後をしらせて給り候へ〽心得申て候〽いかに申べき事の候〽何事にて候ぞ〽六代ごの御事は世にかくれなき御事にて御座候に。見申せば雑兵共の御こしに参り候間。我等兄弟御こしに参らふずるにて候〽是は仰尤にて候。頓て時政に伺ひ申さうずるにて候。いかに申候。我君の都出も是がかぎりにて候間。我等兄弟御こしに参りたう候〽いや〃旁の御輿かゝれたることは候まじ、御輿かきをば申付て候間御輿ぞへに御参候へ〽苦しからぬこと只御輿に参らふずるにて候〽ともかくもにて候〽御こしに参らふずるにて候
{斎藤五六二人｝〽《斎藤五斎藤六。未ならはぬ御こしの。是を限りの御供とよろ〃とかひて行心のうちぞあはれなる
{上同｝とてもきゆべき露の身の。〃。有を限ぬ命は。鐘よりさきにちる物を。誰もむかしのあとやある。いざ立よりて見てゆかん。かゞみの宿はこれかとよ、〃》〽是ははや鏡の宿に着て有ぞ。六代ごの御宿をはかふとやを申付候へ。又斎藤五斎藤六御宿へは御参りかなふまじ。兄弟一所にも叶まじ。他宿を取て参らせ候へ〽畏て候。いかに斎藤五斎藤六へ申候。六代ごの御宿へは御参有まじく候。又御兄弟一所にも叶まじ。他宿をとりて参らせよと申付られて候〽我等此度御供申事も。旅宿の奉公申さん為にてこそ候へ只御宿へ御参候へ〽いや〃是は御用心の為に仰られ候間。只他宿にあらふずるにて候。さらば明日参あはふずるにて候〽是は斎藤五の御宿にて候。こなたは斎藤六の御宿にて候。御宿を申付て候〽斎藤五が宿へ立越申へきへきやうは。此度の御供心得がたく候へ共。神なし森にて餘に承候間御ともの事は同心仕て候。六代ごの御事は世にかくれなき囚人の御事にて候。其御ともを御沙汰候上は。囚人と等しき御事なれば。刀を御出し有て御供あれと申候へ。自然刀の事じたいせば。神なし森にて預り申御はかせ返し申べし。簡要は御供かなふまじ、急都へ御上あれと申候へ〽畏て候。御使に参りて候〽此方へ御入候へ〽時政申候は。此度御供心得がたく候へ共。神なし森にて御兄弟餘に承候間御供の事は同心仕候。六代ごの御事は世にかくれなき囚人の御事にて候。其御供御さた候上は。囚人とひとしき御事にて候へば。御腰の物を出されて御供あれと申され候〽委細承候。此度時政関東御下向世にかくれなく候へば。我等が事は六代ごの御内の者共。時正の御内の者共存る者は有まじく候に。まつ盛なる者の刀をさゝではいかゞにて候へば。刀の事は御免も候へかし〽さやうに存候て時政も詞を返し申候。刀の事じたいあらば。神なし森にて預り申御はかせ返し申べし。かんようは御供叶まじ、急都へ御上あれと申候〽此御ことばに草臥て候。さあらば刀をまいらせうずるにて候〽尤然べう候。刀を取てまいりて候〽只今は刀の事申候処に。やす〃と御出し我等にをゐて神妙に存候。刀を御出しの上は。囚人のなはかゝらぬためしなく候へばなはをかゝつて御供あれと申候へ。自然なはの事じたひせば。以前神なし森にて預り申御はかせ。又只今の御腰の物何も返し申べし。かん用は御供叶まじ急都へ御上あれと申候へ〽畏て候。又御使に参りて候〽又御出にて候か〽時政申候は。唯今刀の事申処に安〃と御出し神妙に存候。刀を御出しの上は。囚人の縄かゝらぬためしなく候へば。縄をかゝつて御供あれと申候〽刀の事仰られ候へばやす〃と参らせ置候。縄の事は御使の御心得に預り候へ〽さやうに存候て以前のごとく詞を返し申て候。縄の事御じたひ候はゞ。最前神なし森にをゐて預り申御はかせ。又只今の御腰の物何も返し申べし。簡要は御とも叶ふまじ、是より都へ御上りあれと申候〽暫。とにかくに刀を参らせ候上は縄をもかゝり。いづくまでも六代子の御供を仕らふずるにて候〽尤の御事にて候。さらば縄をかけ申さうずるにて候〽中〃の事〽なはをかけて参りて候〽聞及たるよりもけなげなる者にて候。是と申も六代ごの御行ゑを見届申さむ為に。めん〃程の者に刀を出し縄をかゝりたる不便さは候。只今斎藤五をあひしらひたるごとく斎藤六館へも立越刀を取縄をかけて来り候へ〽畏て候。いかに斎藤六の渡り候か〽御使にて候か、こなたへ御出候へ〽時政申候は。此度の御供の事心得がたく候へ共。御兄弟餘に承候間御供の事は同心申候。六代ごの御事は世にかくれなき囚人の御事にて御座候。其御供を御沙汰候上は。めしうどゝひとしき御事なれば。刀を出し縄を御かゝり有て御供あれと申され候〽扨兄にて候者は何と返事を申て候ぞ〽安々と刀を御出しあり縄御かゝりにて候〽やはかさやうには候〽いや某が縄をかけ申て候〽言語道断の事。惣じて兄にて候者は時政の御意を背かじと仕るによりて、かやうに深たつたる事を承候。某が事は刀をも出すまじ、縄の事は中〃思ひもよらず候〽先御思案も候へかし〽弓矢八幡進すまじ〽御使なれば申罷帰て其由を申さう、いかに申候。彼者は兄にかはり刀をも出すまじ、縄の事は中々思ひもよらぬ由を申。狼藉を申候。御出あつて御成敗あらふずるにて候〽某立越成敗せうずるにて候〽是が斎藤六が宿にて候〽いかに此屋の内に斎藤六やある〽斎藤六是に候。何事にて候ぞ〽誠やこふんは刀をも出すまじ、縄をもかゝるまじひといふは誠か〽中々の事侍のさいたる一腰弓矢八幡進すまじ〽いでうつてすてふ〽是はいかなる事にて候ぞ〽こふんの弟斎藤六かたなをも出さず縄をもかゝるまじきと申程に。成敗の為来たるよ〽其上御出はかろ〃敷候。定て御使のあやまりたるべし。某刀をも取縄をかけて参らせうずるにて候〽急とつて出し候へ〽心得申て候。なふ貴方が唯今の振舞は。又例のけなげたてな。はや其けなげたてはばつぐんに事過て候ものを。命を捨て我君の御用に立べくは。某も貴方にちつともをとるまじ。其上惟盛西海へ打立給し時我等兄弟をめされ。夫侍の戦場に出て討死する事めづらしからず。六代ごの御事をば我等に預をかるゝ。のゝ末山●●迄も御行ゑを見届申せと御諚有し時。正しく貴方も畏つたと申されつるが、はやくも忘れ給ふ物哉。我等は此耳の底にとゞまつてちつ共忘れず候。又よたしに承候へば。侍のさいたる一腰弓矢八幡出すまじきと申されしよな。是又珍しき侍ことば哉。我等が事は沙汰の外の事。親にて候斎藤別當さねもりは。北国くりからしほの屋の合戦に罷下りし時。大臣殿に参り申様。北国は古郷也。古郷へは錦をきて帰るといへる本文あれば。あつぱれ錦の御直垂を給はつて討死せんと望しかば。安間の事とて錦のひたゝれを給る。時の面目後記の名聞。是にしかじと既に其期にうつて出しが。道よりも思ふやう。いや〃今時の若武者は老武者をあひてにきらふ物をと思ひ。かたはらに忍びびんひげを墨に染。若やき討死せし事やは天下にかくれの候。其子共に斎藤五斎藤六と申者。侍と名乗ず今もやは凡下とけすしや候はん。其上かたきとあふて討死をする共。思ふかたきにはあはずして。雑兵のさび刀のさきにかゝつてはしんでもちゞよく也。御覧候へ某は刀をも出し縄をかゝりたる上。某が恥は貴方がはぢ。こふんかはぢはそれがしがはぢ。かやうの子細をも貴方は能存ずべけれ共。腹のたつのあまりにこそ申されつらめ。たゝ刀を御出し有縄をかゝつても。六代ごの御行ゑを見届給はむ事かんようにて候。はや〃御しあんにも及ばぬ事たゞ御出し候へ。刀を取て参て候。縄を御かけ候へ〽彼者は兄にかはり一段なはをいましめ候へ〽心得申て候〽はる〃゛の路次の事にて候程に縄をば御ゆうめん候へ
{子上}〽《あさましの身のはてやな。一ぞく共にとにもかくにもはてもせで。うきめを見る事の。悲しさよ、斎藤五斎藤六。とてもかたきのてにかゝらば。心のまゝに打死し。名を後の代にあぐべきに。おめ〃といけどられ候事。ひとへにみづから故ぞかし。二人にかけたるなはをとき。六代をいましめおはしませと
{上同｝なげゝども〃かひもなきさの涙かな。たか別とかなるかねの。〃。憂世の名残やつきぬべき。朝たち行ばあふみぢの。末を急ぐぞはるかなる〃》
{ワキ｝〽いそぐ間是ははやするがの国千本の松原に着て候。文学上人と申合たる日数は今日迄なんじう日にて有ぞ〽はや廿一日にて候〽扨は鎌倉殿の御訴詔もかなはぬと存候。それをいかにと申に。文覚上人とは廿日の間とこそ申合て候へ。はや日数も相ちがひたろう事候間。いたはしながら六代ごを生涯させ申べし。さあらば斎藤五斎藤六兄弟の者共縄を免し申べし。御介錯に御参りあれと申候へ〽畏て候。いかに御兄弟へ申候。時政申候は。文覚上人と申合たる日数もあひ違候間。いたはしながら六代ごをしやうかいさせ申さうするにて有間。御兄弟の縄を免し申べし。御かいしやくに御参りあれと申され候〽委細承届申て候〽いかに申候。六代ごの御事はさすがに平家の棟梁にてましますに。自然太刀かけなどにおひへ給ひては御家の御難に成べし。そと御さいごの暇を伺御申候へ〽実々是は思召よりて候物かな。我等ははたと失念仕て候。さらば頓て伺申さうずるにて候。いかに申上候。人の最後の様を御存にて候か〽中〃心得て有ぞ〽伺申て候へばいつよりもけなげに中々心得てあると御諚候。我等がみれんをたしなまふずるにて候〽尤にて候〽いかに申上候。文覚上人の御訴訟かなふものならば一度都へ御供申べく候処に。御訴訟かなはねばこそ此処にて御生涯候へ。しでの山三途の川とて候をば。我等兄弟御供申べく候。御心安くおぼしめされ候へ。西方にて候間かやうに合掌して御座候へ
{下三人｝〽《角て主従手を合せ。南無阿弥陀佛みだ仏。一仏浄土の縁と生れ。同じはちすにむかへたまへと。おつるなみだをおさふる袖。よそによはけを見えじとて
{下歌｝かきなをしかきなをしをさふる袖の涙哉
{ワキ上｝〽心はたけきものゝふの。〃。岩木ならねばきりかねて。ともに涙をながしけり〃》
{モン｝〽なふ其児切て文覚恨給ふな。〃とこそ》
{二人｝〽《ふしぎやな文学と。よばはる声は聞えね共》。
{詞｝笠にてまねくはうたがひなし。嬉しやとくとまねきけり
{ワキ｝〽《いつまでかくて有べきと。太刀ぬき持てきらんとすれば》
{斎藤五｝〽暫候文学上人の御訴訟かなはぬ物ならば。其時失ひたまへかしと。とかくさゝふる其隙に〽文学馬よりとむでおり。六代ごはいづくにましますと。時政をとつてをしのけ六代ごを引たてたてまつれば。
{下カヽル｝《かしこう失ひ申らん》
{ワキ｝〽扨御教書はいづくに有ぞ〽文学身に添持たる也
{上カヽル｝〽《扨はといひて立より見れ共》。御判とおぼしき物はなし偽給ふ文学かな〽先しづまつて事を聞と。くびにかけたる御教書を。是はといひてさし出せば
{カヽル｝〽《時政をつ取》ひらき見れば。執筆ひろもと頼朝の御判うたがひなし
{モン｝〽扨は文学いつはらず。児をばこなたへ給はるなり
{ワキ｝〽《実此上はともかくもと
｛上同｝いふ聲を聞よりも。貴賤上下の一同に。とつとよろこぶ其聲は。千本の松原もひゞきあひたあるけしきかな
{モン下｝〽さるにてもあふなき
{同｝御命かなと上人も。けいごのつはものも皆涙をぞながしける》
{モン｝〽いかに申候。餘に嬉しう候程に。酒をもたせて候聞しめされて関東へ御下向候へ。我等も六代ごを御供申都へ罷上うずるにて候〽畏て候
{上カヽル｝〽《文学あまりのうれしさに
{地｝〽よろこびの舞をぞ。かなでける
{マイ｝
｛上キリ｝時政時をうつさじと。〃。いとま申せば上人六代を伴ひ給ひ。御こしをさきだていそげやいその浪もろともに。〃。都にかへるぞありがたき》